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84.お正信偈を読む(11):依経段(7)


 三峰山2 (2)

 「お正信偈を読む」は再度「お正信偈」の御文に戻ります。

「御文」 本願名号正定業 至心信楽願為因 (ほんがんみょうごうしょうじょうごう ししんしんぎょうがんにいん)
「訓読」 本願の名号(みょうごう)は正定(しょうじょう)の業(ごう)なり。至心信楽(ししんしんぎょう)の願を因(いん)とす。
「訳文」 本願成就の名号は衆生が間違いなく往生するための行であり、至心信楽の願に誓われている信を往生の正因とする。

 この2句には、私たちがどのようにして救われるのかが示されていると伺いました。

 第1句の「本願成就の名号」というのは「南無阿弥陀仏」の名号のことで、阿弥陀仏はすべての衆生を救いたいと願われて「南無阿弥陀仏」という名号となって私たちに届いていただいています。

 前回の真実五願の中の第十七願(諸仏称名の願)には、阿弥陀仏は名号一つで衆生を救いたいと考えられ、それを諸仏に認められ、讃えられたいと願われたことがのべられています。

 ここで出てきます「正定業(しょうじょうごう)」は「正しく衆生の往生が決定(けつじょう)するための行業、業因」という意味で、「称名」のことを指します。
 浄土に往生する行について五つの「五正行(ごしょうぎょう)」があって、そのうちの「称名正行」が「正定業」、他は「助業」(じょごう)とされています。

 第2句の「至心信楽の願」というのは、前回見てきましたように第十八願のことで、この願の中心は「至心、信楽、欲生」です。

 親鸞聖人は、『教行信証』の中でこの三つについて次のように記されています。
  「至心と信楽と欲生とは、その言葉は異なっているけれども、その意味はただ一つである。なぜかというと、これらの三心は、すでに述べたように、疑いがまじっていないから真実の一心なのである。これを金剛の真心(しんしん)という。この金剛の真心を真実の信心(しんじん)というのである。」
 聖人は、阿弥陀仏の救いの内容は、この金剛の信心、阿弥陀仏から賜った信心であるとされたのです。この阿弥陀仏から賜った(他力の)信心によって私たちは救われると示されたのです。

(写真は、2006年2月18日の三峰山の景色です。またまた寒そうな写真で恐縮です)
 三峰山(みうねやま)は、奈良県と三重県の県境にある山で、冬には霧氷を見ることができる山です。太陽に輝く霧氷が印象的でした。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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