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78.お正信偈を読む(10):依経段(6)


20141226夕日
 
 
今回は、十二光の残りの4つの光明に入ります。

 「御文」 不断難思無称光 超日月光照塵刹 一切群生蒙光照 (ふだんなんじむしょうこう ちょうにちがっこうしょうじんせつ いっさいぐんじょうむこうしょう)
 「訓読」 不断(ふだん)・難思(なんじ)・無称光(むしょうこう)、超日月光(ちょうにちがっこう)を放(はな)ちて塵刹(じんせつ)を照らす。一切(いっさい)の群生(ぐんじょう)、光照(こうしょう)を蒙(かぶ)る。
 「訳文」 不断光、難思光、無称光、超日月光とたたえられる光明を放って、広くすべての国々を照らし、すべての衆生はその光明に照らされる。

 前回述べられた8つの光明に続いて、今回は次の4つの光明です。
  不断光:常に照らす光です。阿弥陀如来の救済の働きは絶えることなくはたらいていてくださいます。
  難思光:思いはかることのできない光です。私たち衆生には思いはかることができない光です。
  無称光:説きつくすことができず、言葉も及ばない光です。私たちの言葉では表現することができない光です。
  超日月光:日月に超えてすぐれた光です。私たちが知っている太陽や月の明るい光も超えた光です。

 合わせて12に讃えられる「光明を」前回の御文の最初(「普放」)に戻って、「あまねく・・・をはなちて」と読まれます。

 このような阿弥陀如来の光明は、すべての国々を照らし、すべての人々はその光明に照らされると示されています。

 『仏説無量寿経』には、この阿弥陀如来の光明について次のように讃えられています。
 「この光明に照らされるものは、煩悩が消え去って身も心も和らぎ、喜びに満ちあふれて善い心が生まれる。もし地獄や餓鬼や畜生の苦悩の世界にあってこの光明に出会うなら、みな安らぎを得て、ふたたび苦しむことはなく、命を終えて後に迷いを離れることができる。」

(写真は、インド霊鷲山(りょうじゅせん)で出会った夕日です)
 インドの仏跡参拝の途中、夕刻の霊鷲山でお勤めをする機会がありました。
 霊鷲山は、釈尊が『仏説無量寿経』を説かれた場所とされています。当日は岩の上に正座して「讃仏偈」を拝読したのですが、はるか昔に釈尊がここでみ教えを説かれたのだと、強く印象に残る夕日でした。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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