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77.お正信偈を読む(9):依経段(5)


20141222夕日2
  

 「お正信偈を読む」は、十二光と呼ばれる阿弥陀如来の徳を表す光明に入ります。

「御文」 普放無量無辺光 無碍無対光炎王 清浄歓喜智慧光 (ふほうむりょうむへんこう むげむたいこうえんのう しょうじょうかんぎちえこう)
「訓読」 あまねく無量(むりょう)・無辺光(むへんこう)、無碍(むげ)・無対(むたい)・光炎王(こうえんのう)、清浄(しょうじょう)・歓喜(かんぎ)・智慧光(ちえこう)、(を放ちて・・・)
「訳文」 本願を成就された仏は、無量光、無辺光、無碍光、無対光、炎王光、清浄光、歓喜光、智慧光、(を放って・・・)

 前回で、阿弥陀如来になられる前の法蔵菩薩は、私たち衆生をもらさず救いたいと五劫という想像もつかないような長い時間、思惟を重ねられて48の願を立てられました。
 その後、法蔵菩薩は兆載永劫(ちょうさいようごう)という計り知れない長い間修行を積まれて、本願を成就され極楽浄土を建立されて仏(阿弥陀仏)になられました。
 「兆載永劫」の「兆」は数字の単位として私たちも知っているものですが、「載」も同じく数字の単位なんだそうです。兆は10の12乗ですが、載の方は10の44乗ということですから、これもまた想像を絶する数字です。

 阿弥陀仏は「南無阿弥陀仏」という名号になって私たちに届いていただいていると同時に、光(光明)となって私たちを照らし救っていただく仏となられたのです。

 今回の3句と次回の3句で、親鸞聖人はこの阿弥陀仏の光明を十二光として讃えられています。ただ、この十二光は12種類の光があるというのではなくて、阿弥陀如来の徳を12の光明で示されたものだと伺いました。

 御文に移りますが、御文は「普」(あまねく)のあとに十二光が述べられて、「放」(を放ち)と戻ってくるという文章になっています。
 初めの3句ではそのうちの8つの光について述べられています。一つ一つ見ていきますと、
  無量光:量ることのできない光。時間的に、過去、現在、未来いつの時代も無限に私たちを照らしていただいています。
  無辺光:際限のない光。物理的空間的にもどこにいても必ず私たちを照らしていただいています。
  無碍光:なにものにも遮られることのない光です。
 この3つの光は「光体」と呼ばれ阿弥陀如来の光明そのものについて示されたものだと伺いました。

  無対光:くらべるもののない光。
  炎王光:最高の輝きをもつ光。
 この2つの光は「光相」と呼ばれ、光明のすがたを言ったものだと伺いました。

  清浄光:衆生のむさぼりを除く清らかな光。
  歓喜光:衆生のいかりを除きよろこびを与える光。
  智慧光:衆生のまどいを除き智慧を与える光。
 この3つの光は「光用(こうゆう)」と呼ばれる光のはたらきを示したものです。私たちの代表的な煩悩として三毒が挙げられます。
  貪欲(とんよく):むさぼり欲しがる心
  瞋恚(しんに):いかり腹立つ心
  愚痴(ぐち):真理を見ることができない愚かな心
 この3つの煩悩を除き仏のさとりに導く光のはたらきをあらわしています。

  
(写真は、先日新聞「壽福寺だより」をお配りする途中山陽小野田市の海岸で出合った夕日です)
 釈尊は、阿弥陀如来のおられるお浄土は「ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに」あると説かれましたが、夕日を眺めていますと、お浄土が西方にあるとされているのが分かるような気がします。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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