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75.お正信偈を読む(8):依経段(4)


20141215雪景色1
  20141215雪景色2

 「お正信偈を読む」は第8回になります。

「御文」 五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方 (ごこうしゆいししょうじゅ じゅうせいみょうしょうもんじっぽう)
「訓読」 五劫(ごこう)これを思惟(しゆい)して摂受(しょうじゅ)す。重ねて誓うらくは、名声(みょうしょう)十方に聞こえんと。
「訳文」 五劫もの長い間思惟してこの誓願を選び取り、名号をすべての世界に聞こえさせようと重ねて誓われた。

 ここでは、法蔵菩薩は48の願を立てられるに先だって、五劫の間思惟を重ねられたと述べられています。
 五劫という数字が登場しましたが、この時を計る単位の「劫」については次のような説明がされています。二種類の説明をご紹介します。
 芥子劫:一辺が1由洵(由洵は古代インドの距離の単位だそうで、約60キロメートルだと言われています)の入れ物の中に植物の芥子の種を一杯に入れます。百年に一度、その芥子の一粒の種を持ち去って種が無くなってもまだ劫は終わらない・・・
 盤石劫:同じく一辺が1由洵の巨大な石があります。百年に一度その石を白い布で撫で払うのですが、そのことによって石が磨滅してもまだ劫は終わらない・・・

 いずれにしても、1劫というのは想像もつかないくらいに長い時間なのですが、それが5劫です。法蔵菩薩がそのような長い間、思惟を重ねなければならなかったのは、私たちの煩悩が余りにも大きいからだと聞かせていただいたことがあります。

 そして、その48の願を重ねて誓われたのが「重誓名声聞十方」の部分です。
 『無量寿経』には48願の後に「重誓偈」と呼ばれている偈文があります。この偈文では、法蔵菩薩は次の三つの誓を述べられています。
  「必ずこの上ないさとりを得よう」
  「力なく苦しんでいるものを広く救いたい」
  「わたしが仏のさとりを得たとき、その名を世界のすみずみまで届かせたい」
 そしてこの願を成し遂げられないならば、自分は誓って仏にならない、と誓われたのです。

 この三つの願は48願の肝要の部分なのですが、特に三番目の「その名(=名号)を世界に届かせて救いたい」という誓は阿弥陀如来の大切な願ですので、親鸞聖人は特にこの部分を「重誓名声聞十方」として取り上げられたのだと聞かせていただきました。

 少し話が脱線しますが、私が「五劫」という言葉の意味を初めて知ったのは、落語からでした。
 落語に「寿限無」というお話があります。生まれてきた男の子に名前をつけてもらおうとお寺の住職に頼みに行くのですが、丈夫で長生きできる名前にしてもらいたいというので、縁起のよい言葉をつないだ名前になってしまうというお話でした。
 そこでつけられた名前が、「寿限無寿限無五劫のすりきれ・・・」で始まる長い名前でした。

 落語の解説本にこの「五劫」が時間の長さだという説明がありました。「すりきれ」と言っているところをみると、前記の二つの「劫」のうち、「盤石劫」の方になるのでしょうか。
 その後、この「五劫」と「お正信偈」の「五劫」とがつながって、ああそうだったのか・・・ということになりました。

(写真は、一昨日12月13日に降った雪です)
 昼過ぎから降り始めました。例年に比べて早い雪です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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