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746.掲示を変えました

20210524掲示文s  20210524ユウスゲs


 5月3日に予定していました降誕会は新型コロナウイルス感染拡大を受けて休座となりましたので、先日、掲示板の掲示を7月11日の夏法座のご案内と新しい「ひとこと」に変えました。

  その「ひとこと」は「仏さまに ずっとずっと 思われていた」というものです。
 この言葉は、ネットで偶然に出遭ったものですが、印象に残っていて今回使わせていただくことにしました。

 阿弥陀さまはいつもいつも私たちを見守っていただいています、とお話しをすることがあります。昔「お天道様が見ているよ」という言葉を聞きました。誰も見ていないと思っていても、きっと誰かが見ているから「悪いことはしてはいけないよ」という意味で使われていたようですが、悪いことをしようとしている私だけではなく、つらい思いをしているとき、悲しい思いでいるとき、頑張っているとき、さぼっているとき・・・どんなときでも、私を見守っていていただいている方があります、とお話しするのですが、この「見守っていただいていた」と「思われていた」とは少し違っているように感じます。

 『歎異抄』で親鸞聖人がいつも仰っておられた「弥陀の五劫(ごこう)思惟(しゆい)の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人(いちにん)がためなりけり。」(阿弥陀仏が五劫もの長い間思いをめぐらしてたてられた本願のことをよくよく考えてみると、それはただ、この親鸞一人をお救いくださるためであった。)というお言葉が伝えられています。
 この言葉に続いて「されば、それほどの業(ごう)をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」(思えば、このわたしはそれほどに重い罪を背負う身であったのに、救おうと思い立ってくださった阿弥陀仏の本願の、何ともったいないことであろうか)というお言葉が記されています。

 阿弥陀さまは、救いがたい業を抱えた私を救わずにはおれない、そんな私だから救わずにはいられない、と私のことを「思い続けておられた」のだと、聖人は受け止められました。そこには、見守るだけではなく、「私が救いに行くぞ」という阿弥陀さまの力強い願いが感じられます。
 阿弥陀さまに思われていることを、私の方が「ずっと、ずっと」心にとどめておかなければならないはずなのですが、振り返ってみますといつの間にか忘れてしまっています。そのことに気づかせてもらった「ひとこと」です。

(図は、「ひとこと」とキスゲ(黄菅)の仲間です。)

 ご門徒さんから苗をいただいたもので、ちょうど今頃鮮やかな黄色の花を咲かせます。ただ、名前は分からず「キスゲの仲間」としました。
 PlantNetという名前のアプリがあります。植物の花や葉の写真を送ると、その名前(学名)を返してくれるという、なかなか便利なアプリです。
 そのアプリで調べてみると、この花の学名はHemerocallis lilioasphodelusだと答えてくれました。和名はマンシュウキスゲという植物です。しかし、このHemerocallisの仲間は種の見分けが難しいので、「?」マーク付きマンシュウキスゲというところでしょうか。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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