FC2ブログ

726.最近の話題:週刊文春「夜ふけのなわとび」

20210315記事  

 今日は、最近の話題として、「週刊文春」に連載されている「夜ふけのなわとび」というエッセイをご紹介します。

 この記事は、作家の林真理子さんが書いておられるのもので、楽しみにしている記事なのです。今週号(3月11日発売)の連載番号が1689回となっていますが、昨年10月でしたか、この連載は「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」としてギネスの記録に認定されたと報じられていました。1983年8月に「今宵ひとりよがり」から始まり、その後タイトルに変遷がありましたが、世界的な長寿エッセイだということになります。

 少し前ですが、「週刊文春」2月25日号の「夜ふけのなわとび」の見出しは「森さん的なものについて」というもので、林さんらしい視点から見た内容で印象に残るものでした。この「森さん」とは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長だった森喜朗さんのことです。
 ご存知のように、森さんは女性蔑視ととられる発言が原因で、会長を辞任し、その後任をめぐってもすったもんだがありました。

 林さんは、この森さんに向けられたごうごうたる非難を、「池に落ちた人を叩く」と表現しています。以下は、林さんの文です。
 「このコロナ禍でギスギスした世の中では、池に落ちた人を叩くのはあたり前。そして誰もが自分は、叩くための石を有していると思い始めた。誰もがこの”祭り”に参加したがっている。」そして「(森さんは)今は池の中であっぷあっぷしている哀れな老人になった。そこに皆が石を投げる様子が、本当に恐ろしい。」

 私も、森さんの発言から始まった会長辞任前後の動きには、なんとなく腹に落ちないというか、お尻がムズムズするような落ちつかない感じを持っていましたが、林さんのこの言葉で、なるほどと合点がいったように思いました。

 今回の騒動は、以前別院で開かれた「同朋運動研修会」で取り上げられていた「世間」というものが表に現れた姿ではないかと思いました。
 その「世間」とは、バラバラではあるが確立した個人によって構成される「社会」とは違って、人々の集団で、伝統的なルールによって律される組織だとされていました。そこでは、「皆で力を合わせて」「自分勝手な行動をしない」「人に迷惑をかけない」ことが重要だとされます。その集団としての動き(研修会では「同調圧力」とされていました)が良い方に働いた場合には、コロナ禍への対応や災害発生時の秩序のある行動、思いやりなど日本人の特徴として称賛される行動となります。その一方で、この集団に同調しないなどの少数の者は非難、攻撃の対象となります。コロナ禍のような厳しい環境の中では、少数の者を非難、攻撃するというこの傾向は増幅され、ネットの匿名性によりその動きはさらに激化していきます。さらに悪いことには、このように集団とは異質の少数者を攻撃することが「正しいことを行っている」という意識で行われますので、そのような場合、快楽物質であるドーパミンが分泌されるのだそうですから、いよいよ制御が効かないという事態になります。

 このようにして見ると、今回、森さんは非難、攻撃される少数者の方になってしまったようです。森さんもこれまでは、少々の失言があったとしても、「森さんだから」として攻撃の対象とならなかった、実力者の森さんに対して当時の「世間」は名乗りをあげて批判するよりは「忖度」する方を選んだ、ということになるのでしょうか。

 しかし、今度は立場が入れ替わってしまいました。というか、「世間」の質が変化したと言えるのではないかと思います。
 今回ネット上の「世間」として森さんを非難した多くの人は、匿名であることに特徴があるようです。匿名は忖度を不要にします。しかし、雪だるま式にエスカレートして過激なものになる、という別の面を持ってます。

 コロナ禍の中で不満や不安を抱えている多くの人が、「正義の行動として」「石を投げる」ことに喜びを感じているということであれば、それは林さんが言うように「恐ろしい」ことだと思います。

 先の「同朋運動研修会」で講師の佐藤直樹氏が言っておられた次の点について、私自身の行動をもう一度見直さなければならないと思います。
 ・自分が何に縛られているのか⇒「世間」と「社会」の違いを理解する
 ・(新型コロナ)感染者差別の拡大⇒「ケガレの意識」にとらわれていないか⇒「空気を読んでも従わない」小さな勇気
 ・SNSが匿名⇒差別の温床⇒実名でも可能な内容なのか立ち止まって考える

(図は、当日の記事です)

 森さんに向かって男女が石を投げているような図になっています。描かれている人物は4人ともサングラスをつけており、手と石だけが描かれているものもあります。これは「匿名性」を表現しているのでしょうか。
 林さんは、本文で次のように書いていました。
 「ボランティアを辞退した人がテレビであれこれ批判していたが、顔を隠したうえ音声も変えていた。正しいことを言いたいと思うなら、きちんと顔を見せるべきではないか。」
 
 ついでに、林さんのこのエッセイが痛快なのは、それを掲載する「週刊文春」も批判の対象にすることもあるところです。今回もちょっと「文春」批判が感じられる部分もありました・・・が、しかし、これで(私のような読者がいて)「文春」の売り上げが伸びれば、許容範囲内、というところかも。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR