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725.春季永代経法要をお勤めしました

20210312報恩講集合写真

  3月6日、春季永代経法要をお勤めすることができました。寒さも少し緩んで、時々空気の入れ替えをすることもできました。コロナウイルス対策として、マスクの着用をお願いし、昼食はお持ち帰りいただくなどの対応をとりました。

 ご講師の河野宗致師は、阿弥陀さまのお救いについてお話しいただきました。

 今から2500年前にインドで阿弥陀さまのお救いについて説かれたのがお釈迦さまです。ご講師はそのことを、お釈迦さまは、阿弥陀さまのお救いの力について、いわば初めて「発見」されて私たちに示されたのだとされました。お釈迦さまがおいでいただいたことによってはじめて、私たちは阿弥陀さまの、誰一人残さずに救いたいという願いについて知ることができました。
 またご講師は、万有引力の法則はニュートンがこれを発見して私たちに伝えられたものだと説明されました。ニュートンは、それまでも厳然としてあったのですが知られていなかった万有引力というものを「発見」して、私たちに示した人ということになります。

 お釈迦さまとニュートンのお二人は、それまで知られていなかったことを「発見」し、私たちに示されたという点では似ているように思えます。しかし、このお二人が伝えられたことには大きな違いがある、とご講師は言われます。

 それは、ニュートンの発見は、私がいてもいなくても法則としてあり続けます。しかし、お釈迦さまが示された阿弥陀さまのお救いの力は、私に向けて示された真理であって、私の命がなければ、私がいなければ、それはないのと同じなのだ、とされます。私の命があって、苦しみ悩んでいる私がいるから、その私に向かってお釈迦さまが説かれた阿弥陀さまのお救いのみ教えなのだ、と話されました。
 ご講師は、目当てとしての私がある、ということがこの二つの「発見」の間の違いなのだとされます。

 法蔵菩薩は、48の願のうちの第十八願で、「若不生者 不取正覚(もし生ぜずは、正覚を取らじ)」と誓われています。「(お前が)もし生まれることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません」、お前が救われてお浄土に生まれることができないならば、自分は決してさとりを開かない、と誓っておられます。
 ご講師は、この第十八願は阿弥陀さまが私に「お前と私は一緒、子であるお前が救われるのでなければ、親である私も救われることはない」と呼びかけられる呼び声なのだと、お伝えいただきました。そこでのお目当てはこの私以外のだれでもない、ということになります。

 お釈迦さまが阿弥陀さまのお救いの姿について説かれたのが『浄土三部経』です。

 ご家庭でお勤めいただくご法事では『浄土三部経』の内の一つ『仏説阿弥陀経』をご一緒にお読みしています。このお経で、お釈迦さまはお浄土の素晴らしい姿を目に見えるように示され、私たちがそのお浄土に救われて往く姿を示していただいています。
 ご法事はご往生されたご先祖をご縁にお勤めしますが、よくこのお勤めはご先祖のために、あるいはご先祖に喜んでもらうためにお勤めするのだ、と誤解しておられる方があります。
 しかし、このお経では、お釈迦さまが私が救われる姿をお説きになっているのですから、そのお経はご先祖様に喜んでもらうためにお読みするものではありません。私はお経を拝読することによって、私が救われる姿、阿弥陀さまのお救いの力についてお聞きする、最初の言葉にもどりますと、お釈迦さまの「発見」についてお聞きすることになります。
 ご先祖が願われていることは、ご法事を縁にお釈迦さまがお伝えいただいた阿弥陀さまのお救いを聞き、私が救われる姿を喜ぶことなのだと、改めて思い起こすことが大切だと思います。
 
 ご講師の残された印象に残る言葉です。
  阿弥陀如来の「願い」は3つ、「・私の親心を信じてくれ ・お念仏してくれ ・悪いことはするなよ」
 そして、
 「お仏壇に、缶ビールやワンカップ、スルメイカなどを供えるなよ・・・」でした。 

(お参りいただいた方との集合写真です)

 マスクを外して笑顔で写真におさまる日が早く来てほしいものです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)


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