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722.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(24):名号の讃嘆(16)

20210301法照禅師s 

  今回は、『唯信鈔』の最初の偈頌について親鸞聖人が記された御文の最後の部分について学びます。 
 御文と現代語訳です。
 この文は、後善導法照(ほっしょう)禅師と申す聖人の御釈なり、この和尚をば法道和尚と、慈覚大師はのたまへり。また『伝』には廬山の弥陀和尚とも申す、浄業和尚とも申す。唐朝の光明寺の善導和尚の化身なり、このゆゑに後善導と申すなり。

 (この文は、後善導と呼ばれる法照禅師という聖人の御文である。慈覚大師は、この和尚のことを法道和尚と仰せになっている。また伝記には、廬山の弥陀和尚ともいわれており、あるいは浄業和尚ともいわれている。この方は唐の時代に光明寺におられた善導大師の化身であるから後善導というのである。)

 親鸞聖人は本日の部分で、今回の偈頌が法照禅師の『五会法事讃』の文であるということを述べられ、法照師が後善導と呼ばれたこと、また多くの異名が残されているということを記されます。

 法照禅師については、この偈頌について記した最初の部分でご紹介しましたが、中国の唐代(8世紀頃)の方で、『浄土真宗辞典』によりますと、南岳弥陀台(現在の湖南省衡山)の承遠師に師事し、のちに五会念仏を創唱し、五台山(現在の山西省)、長安(現在の陝西省西安)で広められたので五会法師と呼ばれました。

 親鸞聖人は法照禅師を善導大師のみ教えを伝えられた方だと讃仰され、『高僧和讃』の「善導讃」に次の句を残しておられます。
 「世々に善導いでたまひ 法照・少康(しょうこう)としめしつつ 功徳蔵(くどくぞう)をひらきてぞ 諸仏の本意とげたまふ
 (善導大師は何度もこの世にお出ましになり、法照や少康として姿を現し、この上ない功徳をそなえた名号のはたらきを説き示すことで、あらゆる仏がたの本意を明らかにしてくださった。)
 聖人は、この「功徳蔵」に「名号を功徳蔵とまうすなり。よろづの善根を集めたるによりてなり」という左訓を付しておられます。
 またこの句で名前の挙がっている少康師は、唐代の僧で広く庶民の間に念仏を弘めた方です。

 普賢晃壽師によりますと、親鸞聖人が紹介された法照禅師の異名は、当時の比叡山に伝えられたものだと推定されますが、法道和尚は法照禅師とは別人、弥陀和尚、淨業和尚も別の人だということです。

(図は、法照禅師を描いたものです。ネットからお借りしています)

 七言の詩が付してありますので、その内容を知りたいとネットで探したところ、該当する次の詩文は見つかりました。

 蓮宗四祖頌
  衡州鉢中見聖境,臺山一一悉親造
  淨土得睹承遠師,竹林恭承文殊教
  并州佛聲達宮〇,代宗遣使優旨詔
  念佛之妙究如何,能令速成菩提道

 ただ、中国のサイトで自動翻訳では意味が通らない翻訳になってしまいました。法照禅師を讃嘆する内容だと思いますが、宿題です。
 表題にある「蓮宗」は、中国の浄土教を信仰する集団のことを言うそうですから、法照禅師が中国の浄土教の四祖の一人とされたことを示しているようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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