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719.同朋運動研修会

20210219講演会ss 

  去る2月15日に山口教区の主催で「同朋運動研修会」が開催され、ZOOMによりオンラインで参加しました。

 ご講師は九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏で、「コロナ禍と『同調圧力』」というテーマで講演されました。

 佐藤氏はもともとは刑法を専攻しておられたのですが、1999年に「日本世間学会」を設立されました。そこでは「世間」というものが研究の対象となり、西欧から導入された「社会」とは違った「世間」という「隠された構造」に光が当てられます。

 新型コロナウイルス感染が拡大する中で、「自粛警察」「マスク警察」などという行動が表面化し、感染者や医療関係者に対する差別的な言動、行動も報じられています。このような行動の背景には、「社会」とは別物の「世間」というものが強く働いていると佐藤氏は指摘されます。

 佐藤氏によれば、「社会」というのはバラバラではあるが確立した個人の集合体であって、その結びつきが法律で定められているような人間関係です。言葉としての「社会」は明治時代に日本に移入されたのですが、その後も実際に機能していない、「建前」の関係だと言われます。
 一方、「世間」の方は、確立した個人ではなく集団となった人々とそれを伝統的に規制するルールとによって成り立っている人間関係だとされます。「社会」という概念が入って来てからも、「世間」の方は建前としての「社会」に対して本音として私たちの行動を規制しています。佐藤氏が言われるように、「世間」を適切に表す英語がないこともそのことを象徴しているようです。

 この「世間」は様々な場面でその姿を現します。
 自然災害が発生した場合などに示される日本人の統制のとれた行動や、日本の犯罪率の低さ、清潔な環境などは、人に迷惑をかけてはいけない、集団のルールに従わなければならない、という形で、「世間」が「良い」方に機能した結果だとされます。佐藤氏は、このように「世間」が構成員に対して働きかけ、行動を規制する力を「同調圧力」と命名しておられます。
 今回のコロナウイルス感染に対しても、海外ではロックアウトを実施し、「禁止命令」を出しても感染拡大を抑制することができなかった例が多く見られ、そのような規制に対して反対デモが行われました。この点でも、日本では外出「自粛」、休業「要請」で感染の拡大を抑え込んできたように思われます。ここでも「同調圧力」が効果を発揮したと言えるでしょう。

 ところが、日本の「世間」では、その意志からはずれた行動をとる者がいた場合には、法律によってではなく「世間のルール・掟」によって厳しい対応がなされることになります。「〇〇警察」や夜に営業している店にそれを非難する張り紙を貼るなどの行動がそれに当たります。法律の定めに従っているなされるわけではありませんから、どこまでが非難される行動なのかもはっきりしないままに非難、攻撃がなされます。
 さらには、佐藤氏によれば、病や死はけがれとする伝統的な「世間」により、感染者や医療関係者にまで差別的な行動がとられるのも、同じ「世間」の姿だとされます。
 ここに働いているのも、同じ「同調圧力」だということになります。

 しかも、その非難、攻撃、差別的な行動を起こす場合、それは「世間」のルールに従って悪い行動を正しているという意識で行われますから、その行動はエスカレートしていきます。
 佐藤氏によれば、日本のツイッターなどのSNSの匿名率は75%と世界に比して突出して高いのだそうです。これは実名を出して意見を言うと「世間」から非難されるということを恐れた結果であり、一方で匿名を利用して他人の行動に対する容赦ない非難が行われることにもつながっています。
 さらに悪いことには、以前、中野信子さんがその著『人は、なぜ他人を許せないのか?』で言っておられたように、「正義の行動」をとっているという意識を持つと、他人を非難、攻撃することにより快楽物質であるドーパミンが分泌される、ということですから制御が効かない状態になります。

 このように、コロナ禍は日本の「世間」が持っている「同調圧力」というものの両面を明らかにした、と佐藤氏は言われます。
 そのような現状に対して私たちはどのように行動すればよいのか、佐藤氏は次の3点を指摘しておられました。
 ・自分が何に縛られているのか⇒「世間」と「社会」の違いを理解する
 ・感染者差別の拡大⇒「ケガレの意識」にとらわれていないか⇒「空気を読んでも従わない」小さな勇気
 ・SNSが匿名⇒差別の温床⇒実名でも可能な内容なのか立ち止まって考える

 この講演をお聞きして、私たちの属している「世間」の姿を改めて認識した思いがしました。
 私たちが属している集団である「世間」は、「同調圧力」によって穏やかな安定を維持しようとしてきました。その圧力は、老若、男女、地位、昔ならば主従などの様々な関係から生じるもので、当然に必要なものだと考えられ、その圧力に応じない少数の構成員は、安定を脅かすものだと、非難、攻撃の対象となってきました。集団の中に異質の少数派を見つけ、これを非難、排除、差別することが行われ、しかもそれが集団の安定を維持する「正しい行動」とされてきたというのが「世間」の姿だと思われます。

 中野信子さんは、耕作地が限られ、自然災害に見舞われてきた日本では、このように離反者を出さずに集団としてまとまって行動することが生存のための最適の方法だったと言われます。このような形で集団(「世間」)を維持することは、私たちのDNAに刷り込まれた資質でもあるということになりそうです。
 
 これまで私たちが生きてきた「世間」の中ではなく、自立した個人で構成された「社会」の中で、「自他ともに心豊かに生きる社会」を求めていくという視点が必要だと感じました。

(写真は、当日パソコンの画面に写された出席者の映像です。ご講師は右下の人です。私は上中央で、カメラを構えてこの画面を写そうとしています。)

 自宅にいながらオンラインで講演会に参加できるという方法は、コロナ禍への対処として急速に普及してきました。自宅と山口別院を往復する約2時間の時間を節約することができますし、ウイルスへの感染防止にも有効です。一方で、顔を合わせて話し合うというアナログな(?)関係の良さは失われて少し淋しい思いもありますが、新しい形に慣れていくことが大事なのでしょう。
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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