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708.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(18):名号の讃嘆(10)

阿弥陀三尊(専修寺)s   弥陀三尊像(善光寺)s  

 しばらく離れておりましたが、『唯信鈔』『唯信鈔文意』に戻ります。今回は、親鸞聖人が記された最初の偈頌の第4句の2回目です。
 もう一度最初の偈頌と第4句を確認します。

  如来尊号甚分明 十方世界普流行
  但有称名皆得往 観音勢至自来迎

 聖人はこの第4句について、前回「阿弥陀さまの智慧のはたらきとして私たちに届いていただいている名号を疑いなく信じ、心に保つとき、観音菩薩と勢至菩薩は必ず私たちに離れずにいてくださる」と第4句全体の意味を示されました。
 ついで聖人は記されます。

 この無碍光仏は観音とあらはれ勢至としめす。ある経には、観音を宝応声(ほうおうしょう)菩薩となづけて日天子(にってんし)としめす、これは無明(むみょう)の黒闇をはらはしむ、勢至を宝吉祥(ほうきつしょう)菩薩となづけて月天子(がってんし)とあらはる、生死(しょうじ)の長夜(じょうや)を照らして智慧をひらかしめんとなり。

 (この無礙光仏は、観音菩薩としてあらわれ、勢至菩薩として姿を示してくださる。ある経典には、観音菩薩を宝応声菩薩と名づけ、日天子と示している。この菩薩は無明の闇を払ってくださるという。また、勢至菩薩を宝吉祥菩薩と名づけ、月天子とあらわしている。この菩薩は迷いの長い夜を照らして智慧をひらいてくださるというのである。)

 聖人は、ここで観音、勢至の両菩薩は、阿弥陀さまが姿を変えて現れていただいたのだと私たちに示されます。普賢晃壽師によれば、聖人が「ある経典には」とされているのは、道綽禅師が著された『安楽集』に引用して伝えられたことなどを示しているとされます。そこでは、「天地が作られた時、まだ日月星がなく人々が苦しんでいたのにたいして、阿弥陀さまが両菩薩を遣わされ日、月を作られた」と伝えられています。
 親鸞聖人はこのことを踏まえて、観音菩薩は「無明の闇を払ってくださる」と説かれていますが、普賢師は、これは世の闇だけではなく、私たちの心の無明をはらしていただいていると、また、勢至菩薩は「迷いの長い夜を照らして智慧をひらいてくださる」と説かれますが、これは世の夜を照らすだけではなく、私たちの長夜のような迷いを照らし信心の智慧をひらいてくださると、されます。

 このように、親鸞聖人は、観音勢至の両菩薩は阿弥陀さまが姿を変えて現れていただき、私たちに阿弥陀さまの慈悲と智慧とを表し伝えていただいているとお伝えいただきました。

(図右は善光寺式と呼ばれる阿弥陀三尊像です。)

 善光寺式といいますのは一光三尊とも呼ばれ、阿弥陀さまを中心に左(向かって右)に観音菩薩、右に勢至菩薩の両菩薩が一つの光背を背にして立たれている像をいいます。
 右は、善光寺の前立本尊と呼ばれているもので、ご本尊の像は絶対秘仏とされていてこの前立像が定期的に公開されるのだそうです。
 左は真宗高田派の同じく前立本尊の三尊像です。高田派ではご本尊も一定の年数をおいて公開されているということです。

 今回ご紹介した像は三尊とも立像ですが、以前ご紹介しました三尊像は違った形のものがありました。
  法隆寺の三尊像:阿弥陀さまは座像で、両菩薩は立像
  三千院の三尊像:阿弥陀さまは座像で、両菩薩は正座(「大和座り」とも呼ぶようです) 

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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