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700.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(16):名号の讃嘆(8)

20201214宇治川紅葉ss 

  引き続き『唯信鈔文意』を学びます。今回から親鸞聖人が示された最初の偈頌の4句の中の第3句に入ります。

 偈頌の4句は、次の通りでした。

  如来尊号甚分明 十方世界普流行
  但有称名皆得往 観音勢至自来迎

 今回の第3句について、聖人は次のように記されています。現代語訳と併せて載せます。

 「但有称名皆得往(たんうしょうみょうかいとくおう)」といふは、「但有」はひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生すとのたまへるなり、かるがゆゑに「称名皆得往」といふなり。 
 (「但有称名皆得往」というのは、「但有」とはひとすじに名号を称える人だけが、みな往生するといわれているのである。このようなわけで「称名皆得往」というのである。)

 ここで聖人は、ただひたすら他力の念仏を称する行者のみ、すべて往生することができる、と示されています。自力の雑行に迷う人は往生を得ることはできない、他力の念仏のみが往生の道であり、その道を歩む人はだれもが往生を遂げることができる、といわれます。

 普賢晃壽師はこの部分について、「『五会法事讃』の四句の偈文は第十七願のこころを述べる偈文と考えられる。しかるに唯今の文は、第十八願の他力の専修の称名念仏による浄土往生が説示されている。」と指摘しておられます。
 衆生を摂取する名号が諸仏により讃嘆されることを誓われた第十七願が成就し、それは信心をいただいて念仏申す衆生を全て救いたいと誓われた第十八願とは不離の関係にあり、この4句には第十八願の心も述べられているとされるのです。

(写真は、宇治川畔の紅葉です。)

 紅葉の写真を探して、2002年と随分前になりますが、関西地区にいる高等学校の同窓生と一日宇治を散策した時の写真を見つけました。その時の集合写真を見ていますと、当日参加しておられた先輩のうちお二人がその後ご往生されています。当時のことを懐かしく思い出しました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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