FC2ブログ

686.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(12):名号の讃嘆(4)

20201026慈覚大師s  20201026入唐求法巡礼行記s 

 親鸞聖人が『唯信鈔文意』で取り上げられた最初の偈頌の1句目を学んでいます。
 前回、聖人は「「尊号」と申すは南無阿弥陀仏なり。」と記されていましたが、これに続いて次のように記されます。

 「尊」はたふとくすぐれたりとなり、「号」は仏に成りたまうてのちの御(み)なを申す、名(みょう)はいまだ仏に成りたまはぬときの御なを申すなり。この如来の尊号は、不可称不可説不可思議にましまして、一切衆生をして無上大般涅槃(だいはつねはん)にいたらしめたまふ大慈大悲のちかひの御ななり。この仏の御なは、よろづの如来の名号にすぐれたまへり。これすなはち誓願なるがゆゑなり。
 (「尊」は尊くすぐれているということである。「号」は仏になられてから後のお名前をいい、「名」はまだ仏になっておられない時のお名前をいうのである。この如来の尊号は、たたえ尽くすことも、説き尽くすことも、思いはかることもできないのであって、すべてのものをこの上なくすぐれたさとりに至らせてくださる、大いなる慈悲のお心があらわれた誓願の名号なのである。この仏の名号は、あらゆる如来の名号よりすぐれている。なぜなら、この名号は、誓願そのものだからである。)

  名号(みょうごう)という言葉を『浄土真宗辞典』に尋ねますと、「一般には仏・菩薩の名前をいう。浄土教では、とくに阿弥陀仏の名を指し、嘉号・德号・尊号などともいう。」とされています。
 親鸞聖人は、「名」は阿弥陀さまがさとりを開かれる前の因位(いんに)の位にあられた時のお名前で、「号」は仏になられてからのお名前だと示されます。
 お正信偈に「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」と説かれていますように、法蔵菩薩は世自在王仏のもとにおられました。そして、あらゆる衆生を救いたいと、五劫という長い時間をかけて48の願を立てられます。そして、兆載永劫(ちょうさいようごう)というさらに長い間修行をされ、さとりをひらかれ仏になられました。
 
 親鸞聖人が言っておられる「御な(お名前)」とは、因位の時のお名前、仏となられてからのお名前、というような単なる呼び名ではないと伺いました。
 聖人が、続く一文で、尊号は「不可称不可説不可思議」で一切の衆生を救い摂る「大慈大悲のちかひの御ななり」としておられますように、尊号は単なるお名前ではなく、そのはたらきだと受け止めることができます。
 梅原眞隆師は『唯信鈔文意講義』の中で、そのことを次のように記されています。
 「因位の法蔵菩薩を「名」といひ、果位の南無阿弥陀仏を「号」となす如きは粗雑である。因位の法蔵菩薩のとき、南無阿弥陀仏の名を案じ出して誓ひたまふは「名」である。これが果位に至りて、無量の功徳を円具せられて南無阿弥陀仏と成就なされた法は「号」である。」

 このようにして成就された御な(おはたらき)は、第十七願に誓われたように、十方世界の数限りない諸仏にほめたたえられるもので、それは「あらゆる如来の名号よりすぐれ」たものであるということが示されています。

 (図の左は慈覚大師の像、右は著書『入唐求法巡礼行記』です)

 大師(794~864年)は、大変な苦労の後に入唐を果たされ、9年6カ月の間唐時代の五台山などで学ばれました。その後今回学んでいます『五会法事讃』など多くの仏典を携えて帰国され、第3代の天台宗の座主に就かれた方です。渡航から唐での行状、帰国までを記した『入唐求法巡礼行記』は、最初の日本人による本格的な旅行記とされているということです。
 性格は円満にして温雅、図のように眉毛の太い人だったとも伝えられています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR