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677.映画「ドキュメンタリー沖縄戦」(2)

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  もう一度、映画「ドキュメンタリー沖縄戦」について考えたいと思います。
 9月18日にウェブ中継されました千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要に引き続いて、「映画を通じて非戦・平和を学ぶ会」が開催され、映画「ドキュメンタリー沖縄戦」をもう一度観ることができました。

 前回この映画を観た時にも感じたのですが、今回も「教育」というものが持つ力について考えながら観ていました。

 映画の中で、戦前の日本において皇国史観に基づく教育が徹底して行われていたことが語られていました。沖縄はかつて日本から独立した文化や歴史を持ったことから、沖縄で使われていた言葉を禁止するなど、特に「皇国」に一体化する教育が強力に推し進められていたという説明がなされていました。

 映画の中では、「鬼畜米英」という言葉や「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」という「戦陣訓」の言葉が人々の行動を縛ったことが描かれていました。
 これらの言葉(教え)は、住民を巻き込んだ戦闘が絶望的な戦況に陥っても、なお、住民が投降することを妨げるものになりました。
 米英軍を中心とした連合国軍は戦闘の間も、住民に対して投降するように呼びかけを行いますが、上記のような教育を受けてきた住民はこれに応じません。そんな中で起こった一つの事例が映画の中で取り上げられていました。

 それは、一つの集落が二つのガマ(戦闘の中で住民たちが身を隠した天然の洞穴です)に逃げ込んだという事例です。その一つのガマの住民は、連合国軍に投降しようとする動きを止められ、多くの命が失われました。もう一つのガマにはハワイで生活をした経験を持つ住民がいて、実体験で「鬼畜米英」という教えが間違っているとガマの住民を説得し、自ら連合国軍と交渉しました。その結果、そのガマの住民は捕虜となったのですが命を落とすことはありませんでした。
 ハワイで生活したこの住民にとっては、「鬼畜米英」という言葉が力を持たなかったのだと言えます。

 私たちは、教育は大事なものだと考えます。しかし、その教育が私たちを間違った方向に導くこともあるということを、この事例は示しています。さらに難しいのは、この「間違った方向」というのが絶対的なものではない、ということです。判断した時は「間違っていなかった」というものも後で振り返ってみると「間違っていた」ということもあるからです。

 私は、教育を重層的なイメージで見ていく必要があるように思います。
 一番基礎にあるのは、絶対にしてはならないこと、しなければならないこと、を教えることです。これは、時代が変わっても環境が変わっても変わらない普遍的なものです。人を傷つけてはいけない、人を差別してはいけない・・・などです。これは、徹底して教えなければならないと思います。

 その上の層としてあるのは、私たちが実体験によって身につける知恵のようなもので、定型的な教育や座学によって教えられるものではありません。映画の中で、ハワイ在住経験を持つ住民が身につけた知恵、「鬼畜米英」は誤りだという知恵、が「皇民教育」を無力にしたことがこれに当たります。この知恵は、現実的な判断を下すことに有効なものですが、一方でその判断は当人の経験に基づくものですから、その経験に制約されるという一面もあります。

 そして、その上に定型の教育があります。この教育には知識に当たるものから「戦時の教育」に至るものまで、外から与えられるものです。これは、純粋な科学的な知識から、「皇国思想」などの思想教育まで幅広いものを含むものです。この中身を、永遠に変わらない真実と、時代によって変わるものとに区分することができるかもしれませんが、その境界の線引きは難しいようにも思われます。科学的な知見や歴史も時代によって修正されることがあるからです。

 こうしてみると、私たちは、上記の三つの「教育」から得られた「規範」、「知恵」、「知識」を使って判断を下し、行動しているのだと思います。判断し行動する私たち自身も刻一刻変わっていきますし、貪欲、瞋恚、愚痴という煩悩から逃れることができません。その私たちが正しい(と、そのとき思われる)判断を下すためには、この「規範、知恵、知識」を総動員することが必要だということになります。この三つを使って、それぞれの判断の当否をチェックしていくこと、なによりも一番基礎の「傷つけてはいけない、差別してはいけない・・」に反していないか、というチェックは欠かすことができない大事なことだと思います。

 映画が上映された後の講演で、映画の制作に携わっておられた本願寺総合研究所の香川真二氏は、「この映画は何度も観て、考えてください」と言っておられました。様々なことを考えるきっかけになる映画だと思います。

(写真は、当日いただいた資料からお借りしています)

 左は裏表紙で、捕虜となった住民の姿や、日本軍の軍人の集合写真、軍用機・米英軍の写真があり、その中央に笑顔を見せている子供の写真が置かれています。この子の笑顔に救われた思いを感じながら、この子が直面した恐怖や悲しみのことを思わずにはおれません。

 右には映画を観て寄せられた感想が掲載されています。その右の一番下に次の文章がありました。
 「結局生き延びる可能性があった方々の生き延びる道が閉ざされた原因は教育だった。個の気持ちの持ち方が大切であると再び思わされた。(40代女性)」
 同じ思いを感じながら、この「個の気持ちの持ち方」をどのように確保するのか、の難しさを感じています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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