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667.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(6):構成

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  今回から、『唯信鈔』と『唯信鈔文意』の内容について学びたいと思います。
 最初に、それぞれの構成と、両書の関わりについて見てみます。

 聖覚法印が著された『唯信鈔』の内容は、大きく分けると2つの部分に分けられるとされています。
 その前半の部分では、聖覚法印は専修念仏の教えの内容を、法然聖人のみ教えに沿って示されます。次いで、後半の部分で、専修念仏に対する世の誤解を正されるという構成になっています。

 聖覚法印の『唯信鈔』を受けて親鸞聖人が著された『唯信鈔文意』は、大きく次の三つの段に分けられるとされています。その第二段の「要文釈」の部分が、『唯信鈔』の中のご文について私たちに分かりやすく説かれた部分となっています。

 第一段 題号釈
  最初に親鸞聖人は、『唯信鈔』という書の題号について説かれています。
 第二段 要文釈
  聖人は『唯信鈔』に記された11の文について、その内容を説かれます。
 第三段 総結

 この「総結」に、聖人は次のように記されています。これを読みますと、親鸞聖人が『唯信鈔文意』をお書きになった理由というのがよく分かります。

 「ゐなかのひとびとの、文字のこころもしらず、あさましき愚痴きはまりなきゆゑに、やすくこころえさせんとて、おなじことをたびたびとりかへしとりかへし書きつけたり。こころあらんひとは、をかしくおもふべし、あざけりをなすべし。しかれども、おほかたのそしりをかへりみず、ひとすぢに愚かなるものを、こころえやすからんとてしるせるなり。」

 (都から遠く離れたところに住む人々は、仏教の言葉の意味もわからず、教えについてもまったく無知なのである。だから、そのような人々にもやさしく理解してもらおうと思い、同じことを何度も繰り返し繰り返し書き付けたのである。ものの道理をわきまえている人は、おかしく思うだろうし、あざけり笑うこともあるだろう。しかし、そのように世間の人からそしられることも気にかけず、ただひたすらに教えについて無知な人々に理解しやすいようにと思って、書き記したのである。)

 このご文を読んでおりますと、聖人が「文字のこころもしらず、あさましき愚痴きはまりなき」とみておられるのは、当時の遠隔の地の門弟方だけではなく、現在の私たち自身のことだと思わざるを得ません。
 これから私たちは、聖覚法印が記され、親鸞聖人が私たちにも理解できるようにと説かれたみ教えを素直な気持ちでいただきたいと思います。

(図は、これからお世話になります書です。)

 左は、『聖典セミナー 唯信鈔文意』(普賢晃壽氏著 本願寺出版社)
 右は、『親鸞に学ぶ仏教の極意 唯信鈔文意』(加藤辨三郎氏著 昭和58年 PHP研究所)です。
 今回初めて知ったのですが、加藤辨三郎氏は、経営者として活躍される一方で仏教を深く学ばれた方です。この書は父の蔵書の中にあったもので、両書の原文とともに現代語訳も併載されており、用語についても詳細な註が付されています。『唯信鈔』の現代語訳は他に見つけることができず、頼りにさせていただきます。

 両書の原文は『註釈版 聖典』からいただきます。
 その他に、次の書も参考にさせていただきます。
 『現代語版 唯信鈔文意』(本願寺出版社)
 『唯信鈔文意講義』(梅原眞隆氏著 昭和12年刊)
 この本は、美祢市立図書館にありましたので、借りたり返したりしながら、参考にさせていただく予定です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

 
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