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665.映画「ドキュメンタリー沖縄戦」

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  先にご紹介しましたように、7月30日に開催されました組長会に先立って、映画「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」の試写会があり、観ることができました。

 この映画は、戦後75年に当たり浄土真宗本願寺派の総合研究所が中心となって制作されたもので、「証言」と実写映像を中心にして構成されています。淡々と(と感じられました)語られる壮烈な事実と米軍から提供されたものも含めた映像が、沖縄戦の姿を描いていました。また、その3日後の8月2日に、NHKのテレビ番組「NHKスペシャル」で「沖縄戦・最後の1カ月集中した住民被害」という番組が放送され、沖縄戦での住民被害を取り上げていました。

 その両方で報じられていたことも含めて、沖縄戦の姿を振り返ってみます。

 いわゆる沖縄戦は、1945年3月26日に始まり6月23日に組織的な戦いが終わった、日本軍と米軍を主力とする連合国軍の間の戦いでした。
 いわゆる太平洋戦争は1941年12月に開戦されましたが、日本軍は開戦当初の勢いを失い設定した国防圏も破られて、「本土決戦」を覚悟するという事態に至っていました。その中で、沖縄は、連合国軍を迎えて戦うことによって、連合国軍による本土攻撃を遅らせる(時間稼ぎ)という役割を担うことになります。実際に「捨石作戦」という名前でも呼ばれていたということです。
 一方、連合国軍にとっては、沖縄は日本本土を爆撃するための航空基地と本土へ進攻するための補給基地として重要な位置づけがなされていました。

 日本軍は、首里城の地下に陣地を築いて連合国軍と戦いました。その戦闘に先立って、最初は住民を沖縄本島の北部に避難させます。しかし連合国軍の上陸に伴い、南北部間の連絡が絶たれることになり、その事態を受けて住民に島の南部に避難するよう指示し、住民は島の南部に移動しました。
 その後、日本軍は、連合国軍の攻撃により首里に拠って防衛を行うことを断念し、洞窟などが多数存在し防衛に有利な本島南部喜屋武地域に拠点を設けて、持久戦に持ち込む方針を設定します。その結果、沖縄本島の南部地域に、日本軍と沖縄の住民が混在するという形になりました。

 日本軍の兵力は約116千人とされていますが、その中には防衛召集(17歳以上45歳未満の男子が対象とされました)された沖縄県民が約35千人に登っていたということです。その他に、旧制中学校の生徒を編成した隊や女子生徒を組織したひめゆり学徒隊など、約2千人がありました。
 このように、軍隊と避難してきた沖縄県民が混在した形で、連合国軍の攻撃を受けることになりました。その中では、洞窟の利用や、食料に関わって軍と住民の間に諍いが生じます。また、住民が連れていた赤ん坊の泣き声が敵に察知されるからということで、避難している洞窟から追われたり、といった事例が証言の中で語られていました。
 連合国軍の攻撃とこのような内部での軋轢などを背景にして、軍人と住民の間、あるいは住民の間や家族の間で命を奪う行為が行われ、さらには、追い詰められた壕では集団的な自決、強制された自決があったとも語られていました。
 
 その結果、沖縄戦全体で死亡した沖縄県民は122千人、そのうち民間人は94千人の多数に上っています。しかも、民間人の死亡者のうち46千人強の人が6月に死亡したという資料がありました。この6月というのは、軍が首里を撤退して南部に移動し、軍と住民が洞窟に拠って持久戦を行った時期に当たります。
 
 これまで、私は沖縄戦という言葉に、沖縄を戦場にして多くの民間人を含めた人々が亡くなった戦いだった、という漠然とした理解しかしていなかったように思います。しかし、今回この映画を観てこれまで理解していなかったことがあることに気づきました。

 まず第一に、この戦争で沖縄が担わされた役割についてです。住民が戦争に巻き込まれて命を落とす、という言葉でひとくくりに見ていましたが、沖縄には別の意味があったように思います。
 それは、沖縄戦が本土決戦に備える時間稼ぎを行うために計画されたということです。本土でも空襲で多くの住民の命が失われましたが、沖縄ではその本土を守るために戦闘が行われ、多くの住民の命が失われたという二重の重い構造を持っていることに気づきました。そこには、沖縄に対してそのような役割を押し付けるような歴史的な意識が反映されているのではないかとも思います。

 ちょっと飛躍し過ぎかもしれませんが、私たちは、現在でも沖縄のことを、私たちのレジャーや観光の場所と考えているのではないかと、思い至りました。多くの県民が私たちと同じく生活をしている場所なのですが、そちらの視点が欠落しているのではないか、ということです。
 新型コロナウイルス感染が広がっていますが、人口に対する新規の感染者の比率では、沖縄が圧倒的に多くなっています。移動の自粛が緩和されたとたんに、沖縄の感染者数が増加しました。ひょっとすると、これまで我慢してきたのでレジャーで出かけるのは良いのでは、さらには、年老いた親がいるので帰省はしないかわりに、といった行動があるのではないか、などと感じています。

 もう一つ思ったことは、軍隊というものの役割についてです。そもそも軍隊は何を守るために存在しているのか、ということです。
 沖縄戦では軍は住民を巻き込んで戦い、その結果多数の住民が命を落としました。少なくとも軍は沖縄の住民を守るという機能は果たすことができませんでした。そもそも、太平洋戦争は我が国(国体)を守るために、と開戦されたものですが、原爆や空襲、この沖縄戦などで多数の住民(民間人)の命を奪う結果になりました。このような形になるまで戦争を継続した軍が守ろうとしたものは、国民(民間人)ではなく国(あるいは国体)だったと言わざるを得ない結果になっています。

 我が国には「自衛隊法」という法律があって、その第三条には自衛隊の任務について次のように定められています。
 (任務)
 第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
 自衛隊の主たる任務の対象は、国の平和と独立、安全だとされ、そのために我が国を防衛することが任務だとされています。

 一般に、国(国家)の三大要素として「領域」「国民」「主権」が挙げられます。沖縄戦は、国の主権と本土の領域、本土の国民を守るために、軍人以外に沖縄の国民までが犠牲になった戦いだったということになります。
 あと知恵のようになりますが、このような結果に至る以前に、どこかで立ち止まって、領域と国民と主権を守る道を冷静に合理的に考えることが必要だったのだと思います。

 以前山口別院で催された「終戦70年『平和のつどい』」でお聞きした、「point of no return(ここを超えたら引きかえすことができなくなるポイント)」という言葉をもう一度思い出していました。内外の緊迫した情勢の中で、希望的観測ではなく合理的に見通しを立てて、冷静に判断することが必要だと思います。それはリーダーだけの仕事ではなく、私たち自身の役割でもあると思います。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
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