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660.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む (2)

 
20200727法然上人6七日s 

 前回は、聖覚法印について学びましたが、もう一度、聖覚法印が師である法然聖人をどのように見ておられたのか、親鸞聖人がそのお二人をいかに崇敬されたのかということを学びたいと思われます。

 親鸞聖人は聖覚法印が記された『唯信鈔』を何度も書写されて、お弟子さんにこれを読むようにと与えられました。聖人ご自身が書写された本で、真宗高田派の専修寺に伝えられている本があり、その本の最後に「聖覚法印表白文」という文章が付されています。
 この表白文は、法然聖人の生前、師への報恩を目的として営まれた法要で聖覚法印が導師をつとめられたのですが、その際、法印が拝読されたもので、親鸞聖人はその表白文を法印の書の最後に書写されたことになります。

 その表白文の中で、聖覚法印は次のように述べられます。
 「我が大師聖人、釈尊の使者として念仏の一門を弘め、善導の再誕として称名の一行を勧めたまへり。」
 「誠に知んぬ、無明長夜(じょうや)の大いなる灯炬(とうこ)なり、何ぞ智眼の闇(くら)きことを悲しまむ。生死大海の大いなる船筏(せんばつ)なり、豈(あに)業障の重きことを煩(わずら)はむや。」
 「つらつら教授の恩徳を思へば、実に弥陀の悲願に等しきものか、骨を粉にしてこれを報ずべし、身を摧(くだ)きてこれを謝すべし。」

 (私の師、法然聖人はお釈迦さまの使いとして念仏の教えを弘められ、善導大師の生まれ変わりとして称名の一行をお勧めいただきました。そのみ教えは、暗夜の灯であり、生死の大海に浮かぶ大きな船です。このような教えをいただいたご恩は阿弥陀さまの悲願に等しく、私たちは骨を粉にし身を砕いてこのご恩に報じなければならない。)

 そしてこの表白文を受けて親鸞聖人が作られたのが、次の『正像末和讃』の2句です。
 「無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ」
 「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし」
 (二番目の句は、今私たちが歌っています「恩徳讃」の歌詞でもあります。)

 このように、聖覚法印は師である法然聖人を非常に尊崇されていました。親鸞聖人は、同じく法然聖人を師と仰ぎ、また聖覚法印を大切な法友、法兄として慕い、敬っておられました。

(図は、法然聖人示寂後の六七日法要で聖覚法印が導師を勤められた様子です。)

 「法然上人行状絵図」からお借りしています。
 老若男女を問わず多くの人々が参っている様子が描かれています。名高い聖覚法印の唱導を聞きたいと集まった人もあったようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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