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658.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(1)

20200720聖覚法印 

  本日から、「『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む」というタイトルで、この両書について学んでいきたいと思います。

 『唯信鈔』は法然上人のお弟子さんの聖覚法印(せいかくほういん)という方が著された書で、『唯信鈔文意』は親鸞聖人がその『唯信鈔』の題号と本文中の教釈について分かりやすく説明された書です。
 以前、「御絵伝」について学びました際に、親鸞聖人が関東のお弟子さんにこの『唯信鈔』を読むように、と何度も勧められたことを学びました。
 聖覚法印は法然上人から厚い信頼を寄せられた方です。また御絵伝の「信行両座」の段で伝えられていますように、聖覚法印や親鸞聖人は「信不退(往生を遂げる因は「行」ではなく「信心」とする立場でした)」の立場に立たれました。親鸞聖人は兄弟子に当たる聖覚法印のことを大変に尊敬しておられました。

 私たちも、親鸞聖人のお勧めに従って、この二つの書について学びたいと思います。二つの書が対象になりますので、ブログでどのような構成にすればよいのか手探り状態ですが、取り組んでいきたいと思います。

 今回は、聖覚法印に関することです。

 『浄土真宗辞典』に尋ねますと、聖覚法印は1167年に生まれられました。親鸞聖人よりも6歳年長ということになります。
 比叡山の東塔(とうどう)の北谷八部尾の竹林房静厳(じょうごん)師に師事されたと伝えられています。父澄憲(ちょうけん)師が開いた安居院(あぐい)流の唱導(説教)師として、安居院法印聖覚とも呼ばれたとされています。
 天台の僧侶であった聖覚法印でしたが、後に法然聖人に帰依されました。親鸞聖人が法然聖人の許をたずねられた時には、聖覚法印はすでに法然聖人のお弟子さんになっておられましたので、親鸞聖人にとっては法兄に当たります。
 聖覚法印は、1235年にお住いの京都安居院でご往生されます。この安居院は比叡山の竹林院の里房だったところで、現在は、浄土真宗本願寺派の西法寺となっているそうです。

 法然聖人が聖覚法印に寄せられた信頼は非常に厚いものでした。法然聖人の行跡を記した絵巻「法然上人行状絵図」には、法然聖人がご往生された後に誰に浄土の法門についての疑問を尋ねればよいか、という問いに対して、聖人が「聖覚法印わが心をしれり」と答えられたという逸話が記されています。
 親鸞聖人はこのような聖覚法印を法然聖人の正しい理解者として尊崇され、この『唯信鈔』を何度も書写されて門弟に与えられこれを読むようにと勧められたのです。
 
(図は、聖覚法印を描いたものです)

 「法然上人行状絵図」に描かれているものです。この絵図は、京都の知恩院に所蔵されるもので、48巻からなり国宝に指定されています。
 この絵巻の第十七巻は聖覚法印の事跡を記した巻で、聖覚法印の功績と入滅までが伝えられています。上記の、法然聖人が聖覚法印を自分の後継者だとされたことに続いて、「彼の法印一巻の書を制作して、広く念仏を勧む。世間に流布して『唯信鈔』と号するこれなり。」と、『唯信鈔』を著されたことが紹介されています。
 この絵図に関する解説では、この図は聖覚法印が『唯信鈔』を記されているところだとされていました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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