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59.お正信偈を読む(4):帰敬の頌


20141020本典

 今回からお正信偈の内容に入って行きたいと思います。
 今日は、最初の2句です。

 これからは、次のように、「御文」(お経本の文です)、「訓読」(漢文で書かれた御文の読み下し文です)、「訳文」(現代語訳です)の順に記載していきます。
 この訓読は『浄土真宗聖典 第二版』(普通『注釈版聖典』と呼ばれています)を、訳文の方は『浄土真宗聖典 顕浄土真実教行証文類(現代語版)』を使わせていただきます。

 「訓読」というのは漢文を日本語式に読み下したもので、むかし漢文を習った経験からこうすると理解しやすいように思いますのでこれを加えました。ただ、横書きになりますので返り点などは打てませんが、前の御文と比較しながら読んでみてください。

 
「御文」: 帰命無量寿如来 南無不可思議光 (きみょうむりょうじゅにょらい なもふかしぎこう)
「訓読」: 無量寿如来(むりょうじゅにょらい)に帰命(きみょう)し、不可思議光(ふかしぎこう)に南無(なも)したてまつしる。
「訳文」: 限りない命の如来に帰命し、思いはかることのできない光の如来に帰依したてまつる。

 前回の「お正信偈の構成」のところで書きましたように、この最初の2句は親鸞聖人がご自身の信心を表明された部分で、「帰敬の頌」と呼ばれています。

 ここでは第1句に「無量寿如来」、第2句に「不可思議光(仏)」という2つの仏さまの名前が出てきますが、この2つの仏さまは同じ仏さまで、私たちのご本尊である阿弥陀如来のことです。
 「無量寿」とは限りない命を表し、「不可思議光」とは私たちが思いはかることができない(智慧の)光を表し、阿弥陀如来の光が時間と空間を超えていつでも、どこでも私たちに働き続けていただいているということを示しています。
 阿弥陀というお名前は、インドのサンスクリット語に由来し、「無限の光、無限の寿命」を表すことばだとお聞きしました。

 次に、「帰命」と「南無」です。
 これも同じくサンスクリット語の「ナマス」という語に由来していて、「南無」はその音写で、「帰命」はその意訳です。いずれも、「帰依する、仰せに従う」ということを意味しています。
 親鸞聖人は、「ここをもって「帰命」は本願詔勅(しょうちょく)の勅命なり。」と書かれ、「帰命」は阿弥陀如来の「お前を救うから全て我に任せよ」というお呼びかけであるとお示しいただいています。

 私たちが口にするお念仏「南無阿弥陀仏」は、この阿弥陀如来のお呼びかけが私たちに届いたことを示し、また「私のことは阿弥陀さまにお任せします。ありがたくもったいないことです」という私たちのご恩報謝のことばだと、味あわせていただきたいと思います。

 (写真は『教行信証』のお正信偈の最初の部分です)
  このご本は、得度式という僧侶になる式典の後に授与されたものです。浄土真宗ではこの『教行信証』を「ご本典」とお呼びし、もっとも大切なご本の一つです。

 (このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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