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592.最近の話題(37):日高実夫氏の自筆原稿

20191125日高氏文書s

 以前、『寿福寺とその里』という冊子をご紹介しましたが、その著者の日高実夫さんの娘さん日高芙美子さんから日高さんが残された自筆原稿をお借りすることができました。

 その中には次のような文書(資料)が入っていました。
 「寿福寺とその里」(400字詰原稿用紙にボールペン書)
 「哀々たる古城址」(罫紙に毛筆書)
 「杉伯耆守の本城 万倉城址の今昔 哀々たる古城址」(400字詰原稿用紙にペン書)
 「郷土の昔噺し 天然記念物大岩郷 所在美祢市伊佐町堀越 奇岩 米噛み岩の噺」(400字詰原稿用紙にボールペン書)
 「国指定天然記念物 大岩郷の存在する 金比羅山の紹介」(400字詰原稿用紙にボールペン書)
 「剣道の本義と目的 美祢市少年剣道倶楽部」(400字詰原稿用紙にボールペン書)
 「士規七則」(「山口縣警察署」銘の入った罫紙にペン書)
 「グライダーの性能及種類 並グライダー普及の狙ひ処」(「山口縣警察用」銘の入った罫紙にペン書)

 先日、芙美子さんが営まれている「まゆみ美容室」に伺って実夫さんやご家族についてお話しを聞くことができました。

 お話しによりますと、日高実夫さんは明治42年(1909年)生まれで、寺のある現在の宇部市奥万倉黒五郎で育たれました。84歳でご往生なされたのですが、「寿福寺とその里」に記されているように、黒五郎の地に哀惜の心を持ち続けた方でした。
 実夫さんは警察官になられ、その後すぐに刑事として活躍されるようになりました。戦争で出征、帰国後警察に戻られた後、退職されたということです。警察での勤務は10年程度だったと仰っておられましたので、余り長くない警察勤務だったようです。
 退職後、歴史に興味を持たれたようで、関連する本を読んでおられ、ご自身も調べたことを文書にされていたそうです。その一部が今回お貸しいただいた原稿だということになります。

 文章を読んでいますと、実夫さんは史実を丹念に調べられる一方で、詩情あふれ古いものを懐かしむ文章をつづっておられることが分かります。

 実夫さんがどのような方だったのかとお聞きしましたら、ひとことで言うと「言い出したら曲げること、変わることがない」頑固一徹な人だったという答えが返ってきました。芙美子さんもお母さんも、そのような実夫さんでしたから、「お手上げ(?)」状態だったというところでしょうか。
 上記の実夫さんの原稿には剣道に関するものが含まれていますが、剣道では礼儀を非常に大切にされたということです。芙美子さんの二人の息子さん(実夫さんのお孫さんに当たります)は野球をやりたかったのだそうですが、実夫さんの「強い」勧めで剣道をされたのだそうです。喜んで学んだ剣道ではなかったのかもしれませんが、礼儀を大事にという実夫さんの志は息子さんを通してその子供さんにもしっかりと受け継がれているようだと、芙美子さんは言っておられました。

 そのようなことで、先にご紹介した原稿についても、「なにか書いている」という感じで、ご家族は内容については全く聞かされておられなかったようで、いま少しずつ残された原稿を開いて見ているという状況のようです。

 私も、今回お借りした原稿を楽しみに少しずつ読んでいきたいと思っています。
 以前ご紹介した冊子の『寿福寺とその里』には、私の父が「日高さんのご労作に接して」という一文を寄せています。その父の自筆の原稿も日高さんの原稿に付されていて、久し振りに父の自筆を目にすることができました。
 
(写真は今回お借りした自筆の原稿です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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