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588.報恩講をお勤めしました

20191111集合写真

 昨日、11月10日に報恩講をお勤めしました。少し肌寒さを感じる天候でしたが快晴に恵まれ、ご講師の尾寺俊水師のご法話をお聞きすることができました。

 ご講師は、私たちを救いたい、一人残さず救いたいと願われた阿弥陀さまのご本願は「南無阿弥陀仏」の名号となって私たちに届いていただいているとお示しいただきました。私たちがその名号に遭わせていただいたとき、これまでの一つひとつの出来事が全てそのご縁に遭わせていただく因となっていることに気づかされる、とお話しされました。
 それはまず、人間として生を受けたという最も大事な因に始まり、ご先祖、その後お会いした方々、今日までの全てのことが、私がご本願に出遭うことができたことにつながっているということになります。

 ご講師は一人の方の例をお話しになりました。
 その方は長く農業に携わっておられた方なのですが、若い頃からお寺に参ることが楽しみだったということです。その楽しみというのは、ご法話をお聞きする楽しみではなく、毎月4日間のお寺参りの日は、仕事が休みになり当日はおときをご馳走になることができたからなのだそうです。そしてお寺ではゆっくりと眠るのが楽しみだったのだそうです。
 でもその後、ある時に急にその方はお寺でお聴聞することの「楽しみ」に気づかれたのだそうです。それは、それまでに別の理由だったにしてもお寺に参ることを楽しみにしていたことが遠い因となっていたのだとご講師は説かれました。

 このようにしてたくさんのご縁により私に届いていただいた南無阿弥陀仏の名号は、間違いなく私を救うと言っていただく声なのです。私を間違いなく救うと、お示しいただいた他力のご本願は、「この今」示していただく呼声です。

 ご講師は、自力の救いは入学試験の結果を待っているようなものだと話されました。
 入学試験が終わってからその結果の発表があるまでの期間は、心理的には非常に不安定になります。合格しているだろうと思う時もあれば、あそこがうまく行かなかったらダメなんではないか、と心は揺れ動きます。そして、その結果は試験結果の発表の当日まで分かりません。
 自力で積み重ねた努力の結果は、私の命が終わる時になってみないと分からない頼りにならないものだとご講師は言われました。勿論、試験勉強で努力してもだめだ、ということではありません。そこでは、結果が分からないからこそ、全力を尽くす必要があります。
 しかし、煩悩から自由になれずにいる私が救われる道は、阿弥陀さまが私に向けられた南無阿弥陀仏の願いに気づき、願いに出遭った時に直ちに確かなものにしていただいものなのです。決して私たちがつとめて手にできるものではないと、ご講師はお伝えいただきました。
 この今、阿弥陀さまの願により、私は救われることが間違いないと知ることができました。そのことを励みとして限りある日々を感謝のうちに過ごしたいと改めて思いました。

 今回も多くの方にお世話になりました。
 すでにご報告しておりますように、10月31日には総代さんに境内や駐車場、参道周辺の草刈りをお願いしました。
 また、前日には仏教婦人会の井上愛子会長、志賀信子会計監査、山本信子さんに伝統料理「けんちょう」の準備と、本堂の会場設定をお願いしました。
 法座の当日は、総代の井上啓志さん、岩﨑明さん、吉屋博志さんに受付をお願いし、仏教婦人会の井上幹子さん、江木都美恵さん、齋藤智代さん、志賀信子さん、石川ハルミさん(下の写真左から)におときの準備から給仕、後片付けまでをお願いしました。

 おかげさまで滞りなく報恩講をお勤めさせていただきました。

 写真左は、おときのお世話をいただいた5名の方です。レンズが曇ってかすんでいます。
 右は、当日のおときです。仕出しの食事とけんちょうと味噌汁、小餅、ミカンです。これまでおときの写真を載せたいと思いながら、気がついたら箸をつけていたということで写真がなかったので、今回初めて登場です。

    20191111おとき     20191111おとき2

(集合写真ですが、明暗がはっきりしし過ぎて後ろの方は暗くなってしまいました)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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