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574.最近の話題(34):「オリンピック1年前」


20190923五輪広告2 20190923五輪広告

 月刊誌『文芸春秋』に「日本語探検」という連載のコラムがあります。飯間浩明さんという国語辞典編纂者をされている方が書いておられるのですが、国語に関する面白い話題が取り上げられていて毎回楽しみにしています。

 10月号の記事は「『迫る』のは前か後か 視点により変わる言い方」という記事でした。
 その記事は、JR東日本と東京メトロが7月下旬に貼り出した広告の文言について、ネット上で取りざたされたというものです。
 その広告の文言は、
  「いよいよ1年前に迫った東京2020オリンピック・パラリンピック」
 というもので、ネットではこの「1年前に迫った」という言い方はおかしいだろう、「1年後に迫った」ではないか、と議論を呼んだのだそうです。ネット社会ではこのようなことが大きな話題になって、たくさんの人が、ああだ、こうだと議論し、時には「炎上」することもあるのだそうです。

 飯間さんも仰っておられますが、「1年後に迫った」と言うのが普通の感覚なのでしょう。「6カ月後に迫った首脳会談」などがそうです。一方「目前に迫る」「眼前に迫る」「相手のゴール前に迫る」というような使い方もあって、この宣伝の文言を作ったコピーライターの思いも分からないではない、と言っておられます。
 「1年後に迫った」は、「自分たちから見て五輪の方がそこまで来た」という感覚、「1年前に迫った」は、「五輪から見て自分たちが1年前の時点まで来た」という感覚で、どちらの視点から見るのかの違いなのだ、と飯間氏は説明されています。

 私と五輪のどちらがどっしりとあって、どちらが動いて近づいていっているのか、という視点の違いからくるということのように思います。とすると、五輪の方が開催日時がはっきりしていて、準備しなければならないことも明確なのですから、それに向けて準備を進めている私たちの方が「動いている」という感覚の方が当たっているようにも思われてきます。とすると、「(開会の)1年前に迫った」の方が実感にあっているのかも、などと堂々巡りになってしまいそうです。

 この「どちらが動いているのか」(地動説、天動説ではありませんが)ということを考えていてふと思い出しましたのが、大河ドラマ「軍師官兵衛」のことです。以前このブログでも取り上げましたが、このNHKの大河ドラマで顕如宗主とともに石山本願寺の阿弥陀さまの像が映されていたのですが、その像が坐像でした。浄土真宗のご本尊が坐像の阿弥陀さまというのはおかしいという指摘が寄せられて、NHKは誤りを謝罪したのだそうです。

 浄土真宗のご本尊の阿弥陀さまは坐像ではなくお立ちになっておられます。
 このお姿は、阿弥陀さまはお浄土で坐して教えを説いておられる姿ではなくて、悩み苦しむ私たちを放ってはおけないと立ち上がり、私たちのもとに届いていただいているお姿だと伺いました。
 私たちは「阿弥陀さまのお浄土に往きたい」と願いますが、私たちが自分の力で勤め励んで阿弥陀さまのところに往こうとしてもそれはかなわないこと、阿弥陀さまが私たちを救いたいと願われ救い摂られるのだとお示しいただききました。私たちが阿弥陀さまの方に進んで行くのではなく、阿弥陀さまの方が私たちに向かって手を差し伸べていただき、そのお力にお任せするという姿が思い浮かべられます。
 ここでは私たちが動くのではなく、阿弥陀さまの方から働きかけていただいているということになります。

(図は、「五輪1年前」をPRするポスターです。ネットで見つけましたので使わせていただきました)

 左はJRの社内広告、右は羽田空港を会場にした1年前キャンペーンの告知広告です。
 いずれにも「1年前に迫った」という言葉が記されていて、今回の議論になった、というよりは批判が集中したということのようです。で、右の広告は(制作者の方が腰砕けになって?)その後「1年後に迫った」に修正されたようです。
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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