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540.ご紹介します(20):「心に折り合いをつけて うまいことやる習慣」

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 今日の書籍ご紹介は、「心に折り合いをつけて うまいことやる習慣」という本です。

 この本は、中村恒子さんという人の話を奥田弘美さんという人が聞き書き風にまとめたものです。
 私は、この中村さんも奥田さんも全く知らない人でした。この本を読んでみようかと思ったのは、週刊文春で連載されている「ベストセラー解剖」という欄で取り上げられていたからです。本のタイトルからするといわゆる「ハウツーもの」のようでしたがふと読んでみようかという気になった本でした。

 中村恒子さんは1929年生まれの精神科医で、奥田弘美さんの方は1967年生まれの精神科医、産業医です。奥田さんは元々は内科医だったのですが、2000年に中村さんに出合い、精神科医の道を歩み始めた人です。
 その中村さんは2017年7月(当時88歳)まで週6日のフルタイム勤務で外来、病棟診療を続けて来られました。今は週4日の勤務になっているのだそうですが、その間に同じ医師だったご主人と結婚し、2人の子供さんを育て、子育てでしばらく仕事から離れていた時期もありましたが、その「大酒のみの扱いにくい」ご主人と付き合い、見送って、現在も医師として勤務しておられます。そんな、中村さんの言葉が柔らかい関西弁で綴られています。

 本には37の聞き書きが6つの章に分けて記されています。またそれぞれの章に中村さんのこれまでの経験、特に大きな影響を与えた出来事などがエピソードとして記されていて、このエピソードだけを続けて読んでも面白いものでした。

 第1章 「なんのために、働きますか?」
 (エピソード1. 「終戦直後、広島から大阪へたった一人で向かった少女」)
 第2章 「期待しないほうがうまいことやれる」
 (エピソード2. 「時代に翻弄されながら、医師への道をつかむ」) 
 第3章 「人間関係には、妙がある」
 (エピソード3. 「精神科医が、一生の仕事になった理由」)
 第4章 「心を平静に戻す」
 (エピソード4. 「結婚、出産、専業主婦そして思わぬ復職」)
 第5章 「あれやこれやを、両立していくには」
 (エピソード5. 「悩み、苦しみ、それでも働き続けねばならない人生最悪の日々」)
 第6章 「『日々たんたん』な生き方」
 (エピソード6. 「夫を見送ったのち、老いてもなお仕事の神様に望まれて」)

 その中で印象に残った言葉を挙げてみます。

 〇「人を変えることにエネルギーを使わない。『自分がどうしたら快適に過ごせるか』にエネルギーを使う。」
  中村さんは言います。「人生不思議なのは、新しい場所に行ってもイヤな人、合わない人は程度の差こそあれ、多かれ少なかれ出てくることです。」「だから大事なのは、『今いる場所で、どうしたら己が快適に過ごせるのか』を中心に考えることやと思います。他人さんを変えて快適にするのではなく、『自分がどう動けば快適になるやろうか』『ここで気持ちよく過ごせるようになるやろうか』なんです。」「ハッキリ言ってしまうと、他人さんを変えることなんか無理。」
  そのことを学んだのはご自身の結婚生活からだったとのこと。友達から「いい人やから」と紹介されて結婚されたのだそうでが、「この夫がまあ大変な人やった(笑)」毎晩飲み歩いて家計への収入が全く当てにならない、「離婚届の用紙を取ってきて脅しても、しばらく大人しくなるだけで、また同じことをしはじめる(笑)」
 で、中村さんは、「もうこの人を変えるのは無理やとアホらしくなってやめました。」「家計のほうは自分で働けばいい。夫の収入はまったくあてにしないことにしたんです。」当然ストレスが溜まりますが、「たまった私のストレスは、患者さんと夫の悪口を言い合いながら発散してましたな(笑)自分の主治医と旦那の悪口を言い合えるというのは、患者さんにとっても楽しかったらしく、おかげで女性の患者さんとは仲よくなれました。」そうです。
 この、人を変えるということは、友人関係、会社、家族などどのような場にあっても出遭うことのように思います。組織の中にいて、同僚や後輩の行動を見て、「これではいかん。変わらなければいかん、それが本人のためだ」などと考えることはよくあります。それでそのように働きかける、しかし思い通りにいくことはめったにありません。「これだけお前のことを考えて言っているのに」とこちらがストレスを溜めてしまいます。「お前のため」と思い込んでいるのですが、実は自分の満足のためにそのような行動をとっていたのではないか、と思い返すこともあります。中村さんが言うように、相手を変えることで自分の満足度を高めることをやめることは、快適に過ごす一つの方法かもしれません。そしてかえってその方が、相手が気づいて変わってくれるきっかけになるということもあるかもしれません。

 〇「情は、執着の証。たとえ家族でも、自分は自分、他人は他人。我を押しつけると、相手も自分もつらくなる。」
  「人が自分の期待どおりに行動してくれなかったことを寂しい・悲しいなどと思わんでほしいんです。情っていうのは、一見いいもののように見えますけど、それは他人さんへの執着であって、こちらの身勝手さの証でもあるんですわ。」
 ここでも、中村さんは言います。私が他の人に向ける「情(じょう、なさけ)」は、自分を中心にした他人への執着、自分の身勝手の証だと。これも、そうだなあ、と気づかされることです。普通の知人、より親しい人、更には家族とその情は密度を上げていきます。それに伴って、私が寄せた思い、情に対する反応(見返りとまではいかないにしても)を期待してしまいますが、それが無かったり期待より少ないと、これだけ思いをかけたのになんでやねん、となってきます。その結果「相手も自分もつらくなる。」ことになります。
 中村さんの結論は、「どこまで行ったって、人は一人なんです。これはたとえ親子でも同じ。一人ひとりが意思を持った別々の人間なんやから、いつも同じほうを向いて生きていくなんてできません。」

 〇「人の巣立ちをじゃましてはいけない。1から10までめんどうを見ると、成長は止まってしまう。」
  「親がかかわるべきときにしっかり心を込めてかかわっておいてやると、子どもは安心して巣立っていくものなんやけど・・。寂しいからいつまでも子どもにひっついて手放したくない。いつまでも親の言うことを子どもに聞かそうとする。子どもが成人して結婚してからでも、親として濃密にかかわろうとする。そんな依存的、支配的な親が、子どもの自立をはばんでいることがことのほか多いみたいですわ。」 
  子どもが健やかに育ってほしい、若い人が育ってほしい、と私たちは考え手助けをしたいと思います。それでも、1から10まで全ての面倒を見ることは成長にはマイナスだと、中村さんは言います。面倒を見るというのも、相手のことを思ってと自分では思っていますが、実は自分が相手の面倒をみているのだという自己満足の一面もあります。大切なのは相手の成長よりも自分の充実感、といったことになってしまっていないか、こちらが相手に寄りかかっているのではないか、チェックが必要だということでしょう。

 〇「『こんなの自分の仕事ではない』と考える前に、まずはスッキリ受け入れてみる。そうしないと、人は前に進めない。」
  「『自分はこんな仕事をすべき人間ではない』なんて、たいそうに考えるからおかしなことになってしまうんです。余計な力を抜いて、『まあ、これくらいやってやるか』『今はそういうときなんやな』と変に力まず素直に受け入れてしまったほうがラクですわ。」そうすれば、「仕事を頼んだ人にも喜ばれる。もっと気楽に働けるようになります。」
  中村さんも触れられていますが、特に若い人たちに「その仕事が自分に向いているのか」という基準で判断する人が多く、その結果、転職を繰り返すという例も多いようです。しっかりした自分を持っていてそれで判断しているようで頼もしいようにも思いますが、これも固定化した自分だけを基準として、自分の物差しで周りを見ているという一面があります。
 前ご門主が『人生は価値ある一瞬』の中で言っておられた「自分探しに惑わされない」という言葉を思い返していました。今の自分を固定的にとらえて、それとは違う自分を探し続けることの危うさを仰っておられたのですが、中村さんは自分を固定化して周りをみる危うさを言われているように思います。
 会社生活も含めて、畑違いの仕事を頼まれることも結構あるものです。そんなとき、それは自分の仕事ではない、とすることで自分の世界を狭めてしまう、ということも多くあります。外界との相互作用も含めて変化し続ける自分ですから、それを固定したものとしてとらえることの問題点が示されているように思いました。

 中村さんは、終戦直前に因島から大坂に出てきて女子高等医専を卒業、医師の資格を得るも戦後の混乱期に大変な苦労をされます。そんな中、ポイントポイントで出会いがあり、それに応えながら精神科医の道を歩み始めます。そのときに出合った教授の言葉が記されていました。「精神科医は助言し、病を治す方向に導いていくお手伝いをするだけで、治したと思わないこと。よくなってよかったね、よくがんばったねと患者自身を褒めること。治っても決して自分が治したとおごらないこと」この言葉に導かれて精神科医として一生を送る決意をしたと記されています。
 私たちは、何をするにしても自分というものを離れて考えることができないように思います。私たちの思考の中にはいつも「おれが、わたしが」が隠れているように思います。多分それは逃れることができない、根源的なものなのでしょうが、いつも振り返って、自分中心になっているのではないか、人のためと言いながら「自分」がその裏にあるのではないか、と振り返ってみることはできるように思います。

 (お詫びです)

 記事を掲載する予定日時を誤って設定し、5月27日に作成途中の「御絵伝」の記事を掲載してしまいました。掲載した記事を削除しました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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