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535.ご紹介します(19):「城の崎にて」

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 今回ご紹介しますのは、「城の崎にて」という志賀直哉氏の短編小説です。

 最初にそのあらすじをご紹介します。
 主人公(文中では「自分」と称しています)は、東京の山手線の電車にはねられるという事故に遭って負傷し、その養生のために城崎温泉の宿に逗留しています。

 その「自分」は3つの生き物に出合います。
 最初は、屋根の上で死んでいる蜂でした。他の蜂が忙しそうに動きまわっているなかで1匹だけが静かに横たわっていましたが、雨が降った次の日の朝にはもうその姿が消えています。
 その後しばらくして、川で鼠に出合います。その鼠は首に魚串を刺された格好で、それに子供や大人が面白がって石を投げているところに行き合わせました。鼠は岸の穴に逃れようとするのですが、串が邪魔してうまく行かない、そのような光景を見ることになりました。
 ついで、偶然に川で蠑螈(イモリ)を見つけます。そのイモリを驚かせてやろうと石を投げるのですが、狙っていたのでもないのにその石がイモリに当たって、イモリは死にます。

 「自分」は蜂の死骸を見て「冷たい瓦の上に一つ残った死骸を見る事は淋しかった。然し、それは如何にも静かだった。」と感じます。逃げ回る鼠を見て、「自分は淋しい嫌な気持ちになった。あれが本統なのだと思った。自分が希ってゐる静かさの前に、ああいふ苦しみのある事は恐ろしい事だと思った。」そして、イモリについては「可哀想に想ふと同時に、生き物の淋しさを一緒に感じた。自分は偶然に死ななかった。蠑螈は偶然に死んだ。」そして、死んだ蜂と逃げ回っていた鼠の現在の姿を思い、「死ななかった自分は今かうして歩いている。さう思った。自分はそれに対し、感謝しなければ済まぬやうな気もした。然し実際喜びの感じは湧き上がっては来なかった。生きて居る事と死んで了ってゐる事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないやうな気がした。」

 最初に志賀直哉氏と五木寛之氏、それに宇多田ヒカルさんの写真を載せましたが、この三人はこの「城の崎にて」をキーワードのようにしてつながっています。
 「文芸春秋」の今年4月号に「平成31年を作った31人」という特集記事がありました。今回の改元に因んだ記事で、平成の31年の各年を代表する31人を取り上げたたものです。その平成10年(1998年)を代表する人として宇多田ヒカルさんが取り上げられていて、五木寛之氏が「衝撃の歌手デビュー 母娘三代『ミディアム』の血脈」という題で記事を書いていました。

 宇多田ヒカルさんは演歌歌手の藤圭子さんの娘さんで、平成10年に15歳でデビューし、その後ヒット曲を続けて一気に音楽界のトップに駆け上がったひとです。(ですが、今もそうなのですが、当時の私には藤圭子さんの娘さんというイメージが強くヒカルさん本人のことは余り知らないので、私が彼女のことを紹介するのはおかしいのですが)
 五木氏が今回の記事の中で注目していたのは、同じ「文芸春秋」の2000年(平成12年)1月号に掲載されたヒカルさんとダニエル・キイス氏という世界的な作家との対談を載せた「もうひとりの私」という記事です。ダニエル・キイス氏は当時72歳、一方のヒカルさんはまだ16歳という対談でしたが、「彼女はまったく怖気づくことなく、次のような言葉に、むしろ五分以上に渡り合っている印象を受けた」と五木氏は記しています。

 図書館で(近隣の市立図書館ではバックナンバーは保管されていなかったのですが、山口の県立図書館で閲覧することができました)、2000年1月号の「文芸春秋」を読んでみたのですが、ヒカルさんはその対談で次のように言っています。
 「日本の作家で、志賀直哉という人がいて、「城の崎にて」という小説を書いたの。列車事故で死にそうになった人がリハビリのために静かな温泉に行き、そこで死が人生に一番近いものであり、いつもそばに居るものだと気づくの。紙のようなもので、紙の両面が生と死を示している。それを読んで、私は恐ろしかった。結局、死とは未知のもの。でも生と死はすごく近い存在だから、若者は魅了されて、探りたいと思うのだろう、と」

 この16歳のヒカルさんの言葉を読んで、衝撃を受けました。
 私も「城の崎にて」を読んだことがあります。20歳よりも前、ヒカルさんの年齢よりは後だったように思うのですが、読んだときの印象は「なにか暗い話だなあ・・」といったものだったような気がします。その印象が志賀直哉氏に対する印象にもなってしまったような記憶があります。
 いわんや、ヒカルさんのように生と死の関わり、それが紙の両面のようなもの、すごく近い存在、などということは全く思い浮かべなかったように思います。しかし、ヒカルさんはこの小説を読んで、生と死は日常的に近くにあり、紙の裏表のようなものだと思った、と言っています。

 事実、この小説は志賀直哉氏が、実際に山手線の電車にはねられ重傷を負った後、城崎温泉で療養したという体験をもとに書いたもので、生と死についての思いをつづった簡素で無駄のない名文とされています。
 今、読み返してみますと、志賀直哉氏の思いは、蜂、鼠、イモリと少しずつ深く、重く沈んでいっていることが感じられます。しかし、その頃の私は、小説なら海外の小説、音楽はポピュラー音楽、映画は洋画といった「チャラい若者」で、そのような沈潜していく思いなどは読み飛ばしてしまっていたようです。

 今回「城の崎にて」を再読し、味わいなおすことができました。生と死の問題も、当時とは違って深いところで受け止めることができるように思います。
 いささか遅きに失したきらいがありますが、宇多田ヒカルさんというアーティストを見なおしました。そして、藤圭子さんの娘さんとしてではなく、ご本人の音楽を聴いてみようと思いました。

(最初の写真3枚は、ネットから探してきました。)

 いい表情だなあ、と思われるような写真に出合うことができました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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