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515.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯(23):第七段

20190301第七段自坊

 本日から、御絵伝の第七段を学びます。御絵伝の第ニ幅、下から3番目の図です。
 『御伝鈔』のこの段の前半と訳文です。

 上人[親鸞]のたまはく、いにしへわが大師聖人[源空]の御前に、正信房(しょうしんぼう)・勢観房(せいかんぼう)・念仏房(ねんぶつぼう)以下(いげ)のひとびとおほかりしとき、はかりなき諍論(じょうろん)をしはんべることありき。そのゆゑは、「聖人の御信心と善信(親鸞)が信心と、いささかもかはるところあるべからず、ただひとつなり」と申したりしに、このひとびととがめていはく、「善信房の、聖人の御信心とわが信心とひとしと申さるることいはれなし、いかでかひとしかるべき」と。
 善信申していはく、「などかひとしと申さざるべきや。そのゆゑは深智(じんち)博覧(はくらん)にひとしからんとも申さばこそ、まことにおほけなくもあらめ、往生の信心にいたりては、ひとたび他力信心のことわりをうけたまはりしよりこのかた、まつたくわたくしなし。しかれば聖人の御信心も他力よりたまはらせたまふ、善信が信心も他力なり。かるがゆゑにひとしくしてかはるところなしと申すなり」と申しはんべりしところに、

 あるとき親鸞聖人がおっしゃいました。むかし師の法然聖人の前に、正信房・勢観房・念仏房などの人びとがたくさん集まっておられたとき、思いもよらない論争をしたことがありました。それというのは、私・親鸞が「法然聖人のご信心と、私・善信(親鸞)の信心とは、少しのちがいもありません。一つなんです」と言ったのを、この人びとが聞きとがめて、「善信房が、師聖人のご信心と自分の信心が等しいというのはまちがっている。どうして等しいといえるのか」と申されました。そこで私・善信は、「いや、どうしても等しいと言わざるを得ません。というのは、知識の深さや見聞の広さが等しいと言ったら、それは全く身のほど知らずということでしょうが、浄土往生の信心ということでは、ひとたび他力信心の道理を教えていただいてからは、全く自分の力というものを考えません。師聖人のご信心も阿弥陀さまから賜ったもの、私・善信の信心も阿弥陀さまから賜ったもの。ですから同じであって、違うはずがない、と申したのです」と申しました。


 今回の第七段は「信心諍論」の段と呼ばれています。
 覚如上人は、親鸞聖人と他のお弟子さん方との間であった、師の法然聖人のご信心と弟子である親鸞聖人のご信心が同じものなのかどうかという議論について述べられています。
 
 親鸞聖人は、ご自身の信心と師である法然聖人の信心は少しの違いもなく一つなのだと述べらたことがありました。この聖人の言葉を正信房・勢観房・念仏房などの他のお弟子さんが聞きとがめられて、どうして師聖人のご信心と同じなどということができるのか、と論難されます。
 これに対して、親鸞聖人は、自分は知識の深さや見聞の広さについて師聖人と同じだと言っているのではなく、信心をいただいてお浄土に往生を遂げることを考えるならば、その信心は私の力ではなく阿弥陀さまからいただいた力、他力によるのだから、師聖人の信心と違うものではないと、述べられました。

(図は自坊の御絵伝の第七段です)

 中央でこちらを向いて座っておられるのが法然聖人で、他に左の畳の上に7人、右の室内、板敷きに2人の僧侶が描かれています。
 左の畳の7人が親鸞聖人および正信房・勢観房・念仏房などのお弟子さんで、7人のうち前列左端で顔をこちらに向けている人が親鸞聖人だと考えられています。ただ、前列の真ん中、柱の影になりそうな人物が聖人だという説もあるようです。

 この図を見て不思議な感覚にとらわれるのですが、室内を描いた部分が画面全体の半分くらいしかなく、残りの部分には廊下と手前の植え込みが描かれているところです。植え込みは、右から松、薄、白萩、紅葉、杉なのだそうですが、これになにかの寓意が込められているのではないか、などと思って調べてみたのですがよく分かりませんでした。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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