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512.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (22):上巻第六段(4)

20190218伝絵第六段専修寺本



 『御伝鈔』の第六段の御文は前回までの3回で終わりなのですが、今回もう一度第六段を学びたいと思います。

 第六段のポイントになっていたことに「信不退」と「行不退」とがありました。
 親鸞聖人は師の法然聖人に「お弟子さんたちが師の教えをどの程度理解されているのか確認したい」と提案され、了解を受けられて翌日お弟子さんたちに「信不退と行不退のどちらの座に着かれるか」と問いかけられました。その結果、多くのお弟子さんが迷っている中、親鸞聖人と他の3人のお弟子さんが信不退の座に着かれることを表明され、法然聖人もまた信不退を支持されました。

 この「不退」は「不退転」とも称され、「菩薩の修道が進んで仏になることが定まり、(中略)さとったところの菩薩の地位や法を失わないこと」(『浄土真宗辞典』)とされます。「不退転の決意」などと現在でも使われる仏教語ですが「後戻りすることがないさとりの状態」をいいます。
 従って、「信不退」とは「阿弥陀仏の本願を信じる一念に浄土往生が決定(けつじょう)する」とする立場、「行不退」とは「念仏の行をはげみ、その功徳によって浄土往生が決定する」とする立場となります。つまり、親鸞聖人が問いかけられたのは、往生の因は信心なのか念仏の行なのか、ということになります。

 また、赤松俊秀氏は、この「信行両座」の逸話は当時法然聖人の門下にあった、「一念義」、「多念義」の論争を反映しているものだとされていました。
 『浄土真宗辞典』によれば、「一念義」とは「浄土往生は信心ひとつで決定する、または一声の称名で決定するとし、その後の称名を軽視する」立場であり、「多念義」とは「一生涯、数多くの念仏を称え、臨終来迎をまって浄土往生が決定する」とする立場だとされています。
 念仏を称えることにより往生を得ることができると説かれた法然聖人の教えは、混乱の時代に光を投げかけるものでした。その念仏が一声でよいとするのか、生涯を通じて数多くなければならないとするのか、ということが法然聖人のお弟子さんの間で深刻な論争と対立の原因になっていたということです。

 「一念義」の立場からは、信心を獲た後には念仏は不要とする者から、少々の軽い罪を犯しても念仏一つで救われるとする者まで現れたそうです。このような一般の社会規範から外れる傾向がとがめられて、後に法然聖人の念仏の教えに対する反発と弾圧の原因にもなりました。
 一方、多念義の立場は、念仏の数は多ければ多いほどよい、念仏の行が大事だとされる方向に展開されていきます。これは、どんな人でも念仏で救われると説かれた法然聖人の教えから外れ再び聖道門の修行の道に戻る方向を示すものといえると思います。

 親鸞聖人は、「信不退」の立場に立たれましたが、平松令三氏は「一念義」は阿弥陀さまの本願を信じる一念を重視することから「信不退」につながるものだとされています。
 親鸞聖人は後年、「一念」、「多念」の論争について『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』という書を著されました。その中で、聖人は一念、多念のそれぞれについて間違いではないことを示され、次のように一念多念の争いなどあってはならないと記されています。
 「一念多念のあらそひあるまじきことは、おしはからせたまふべし。浄土真宗のならひには、念仏往生と申すなり、まつたく一念往生・多念往生と申すことなし。これにてしらせたまふべし。」(一念多念の争いなどあってはならないことであり、浄土の真実の教えでは、念仏往生というのであって一念往生ということも、多念往生ということもない)

 (図は、専修寺に伝わる伝絵の「信行両座」の段です)

 専修寺は真宗高田派の本山で、三重県津市にあります。この専修寺本の伝絵は、描かれている人物の名前が書きこまれているのが特徴です。

 (このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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