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502.最近の話題(23):百人一首

20190114掲示  20190114百人一首

 先日、テレビのニュースで滋賀県の近江神宮で行われた競技かるた大会の様子が放映されていました。

 このニュースを見ていて、昨年、百人一首が話題に上ったことを思い出しました。
 昔は正月などに百人一首で遊んだものですが、最近はほとんどやりませんし、従って話題にも上らなくなっています。そんなことから、昨年のことが印象に残っていました。

 以前にこのブログでもご紹介しましたが、私が勤務していました会社に「ワンゲル班」という山歩きの同好会があって、そのメンバー5人が関西からこちらに来てくれました。二日間一緒に行動したのですが、その二日目の朝に寺を訪ねていただきました。
 その際に、メンバーの一人の方が寺の掲示板に書いてあった言葉を読んで、「この言葉は百人一首の『ながらへば またこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき』という歌を思い出すなあ」と言われたのです。

 その時の掲示板の言葉は、「やり直しのきかぬ人生ではあるが、見直しはできる」という言葉でした。
 寺では、屋外の2個所の掲示板と本堂に、次回の法座の案内と「ことば」をそれぞれA3用紙に印刷して掲示しています。その時はこの言葉(金子大栄師の「やり直しのきかぬ人生であるが、見直すことができる  」という言葉を一部修正したものです)を掲示していました。

 掲示板の言葉について感想やコメントをいただくことはほとんどありませんので、そのことをとても嬉しく思いました。さらに、金子大栄師の言葉から百人一首の歌を思い浮かべられたことも、なるほどそのような見方もあるんだなあ、と印象に残ることでした。
 じつは、この歌は私の「得意の札」でした。子供の頃、取り札の「うしとみしよそいまはこひしき」の「うし」が妙に気になり、なんで「牛」がでてくるんだろう、と不思議に思っていた札で、その後得意の札になっていました。
 そんなこともあって、金子大栄師の言葉とこの歌を結び付けて思い出していただき、二重に嬉しく印象に残ることでした。

 ただ、その時少しひかかるところもあって、今そのことを思い返しています。

 今回久し振りに百人一首について書かれた本を読み返しているのですが、この歌は、藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)(1104~1177年)という人のが詠んだ歌です。「これから先、生きながらえたのならば、今のつらさが懐かしく思い出されるのだろうか。この世をつらいと思った昔が今は恋しく感じられるのだから」といった心を記した歌です。
 この清輔氏は祖父、父と続く歌道の家柄に生まれた人でしたが、なぜか父に嫌われてその才能をなかなか認めてもらえなかったのだそうで、父の在世中は光の当たらない境遇にあったと伝えられています。
 この歌は、清輔氏27~30才の頃の歌で、「今はつらい、だけど過去のつらさも時間が解決してくれたのだから・・・・」となんとか生きていこうという心を詠んだ歌だとされています。(ただ、この歌は、彼が、父の死後に歌壇の中心人物に登った60歳前後に、「過去の苦労も今では恋しい」と詠んだ歌だという説もあるようです)

 一方の金子大栄師は、真宗大谷派(東本願寺)の僧侶(最高の学階に就任されています)で仏教思想家でもあった方です。

 金子師の言葉を読んで私は次のようなことを感じました。
 私たちは、私たちが生きている一瞬一瞬を当たり前のことのように思って生きています。今日があるから当然に明日がある、今年が過ぎてまた来年がくる・・・・というようにです。
 しかし、私たちは、親しかった人が亡くなり、あるいは自身が老いを自覚し病を得たりすると、この一瞬がたまたま恵まれたかけがえのない一瞬であること、また多くの人に支えられ成り立っているものだと気づかされます。そんなときには、時というもののとらえ方が違ってくるように思います。この「現在」というかけがえのない一瞬が多くの人に支えられ、見護られている一瞬だと受け止めた時には、「過去」というものもまた違った姿に見えてきます。
 つらかったこと、嬉しかったこと、様々な過去を私たちは持っています。特につらかった時代、思い通りにならなかった時代のことは、清輔氏と同じくまさに不遇の時代だと思い起されます。
 しかし、今の瞬間を、たまたま恵まれたかけがえのない時であり、多くの人から支えられ、見護られている時だと感じるときには、その過去も違った見方ができるように思います。つらい時でも多くの人に支えられていた、見護られていた、育てられたと「見直す」ことができる、金子師の言葉のように「やり直すことはできないけれど見直すことはできる」時なのだと感じることができます。
 そのような眼でもう一度現在を見ると、今の一瞬がさらに大切な、かけがえのないものに思えてきます。限られた命ですが、力いっぱい生きていこうという思いが強くなってくるように思います。

 過去と現在を時間の経過だけで見るのではなく、限りある時間の中で、恵まれ見護られている瞬間の重なりだと見ることができるように思われます。
 
 以前にご紹介しましたNHKの朝の連続ドラマ『半分、青い。』で、5年後の生存率が50パーセントだと知らされた晴さんは、それを知らされて、これまで当たり前と思っていた一瞬一瞬が幸せだと感じるようになったと言っていました。その言葉も思い出されます。

(図は、11月当時の掲示の言葉と百人一首の札です)

 掲示の文は、スペースに入れるためという申し訳ない理由で短くしてしまいました。
 自宅の百人一首を探したのですが見つからず、札の画像はネットから借りてきました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

 
 
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