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500.最近の話題(21):歴史講座「浮世絵を読む」(2)

20190104錦絵寺子屋

 以前ご紹介していました、宇部地方史研究会主催の歴史講座「浮世絵を読む」が昨年12月21日の第5回講座で終了しました。

 5回の講座を通じて(私は11月23日だけは出席できずに4回でしたが)、浮世絵の観賞(浮世絵を見る)にとどまらず浮世絵を通じて江戸時代の文化や社会、政治などの姿がイメージできる(浮世絵を読む)講座だったように思います。

 再掲になりますが、5回の講義のタイトルは次のようになっていました。
  第1回「浮世絵の誕生と江戸文化」
  第2回「浮世絵の観賞方法」
  第3回「浮世絵の種類と庶民文化の興隆」
  第4回「浮世絵と江戸時代の旅行ブーム」
  第5回「江戸時代の出版文化と浮世絵」
 
 この講座の中で、新に知ったこと、印象に残ったことを記しておきます。

 ○浮世絵は当初は肉筆画だったのですが、その後版画(単色から錦絵と呼ばれる多色摺へ)と展開され、一般の人びとも楽しむことができる文化に育ちました。また高度で精緻な版画の技法や豪華な印刷法なども開発されていきます。
 ○浮世絵は、歌舞伎や遊里、相撲、美人画、旅行・名所案内、歴史画・武者絵、妖怪・怪談、枕絵など生活、文化に関わるものに題材を広げて人気が拡大しますが、大消費都市としての江戸がそれを可能にしたといえます。
 ○また、本(読み本)の挿絵としても多くの浮世絵が制作されました。
 ○浮世絵の制作に当っては、版元と絵師、彫師、摺師という分業体制も整備されます。
 ○その版元(販売も行います)や貸本屋などの出版、流通システムも作られてそれを支えました。
  出版を行う業(本や浮世絵などを刊行する)の創業は、18世紀後半から江戸時代の終わりまでの間に全国で2300軒以上で、そのうち江戸が917軒だったという数字が挙げられていました。また、19世紀初めの江戸にあった貸本屋は800軒に上っていたのだそうです。
 ○その間、幕府からの統制という締め付けもありました。贅沢品を禁止する、幕府への批判を禁止するなどの目的でなされたようですが、それへの対応にも知恵を絞っています。
  浮世絵の観賞方法についての説明の中に、浮世絵に記された情報についての説明がありました。それによりますと、一般の浮世絵には、タイトルを始め、版元を示すものと併せて検閲印を表示するように定められていたのだそうです。絵の下描きの段階で検閲を受けて彫りのステップに入ったようです。

 このように、江戸時代に浮世絵は庶民の「娯楽」の一部となりました。それを可能にしたのは、一般の人びとも浮世絵を購入することができる経済的な力を持つようになったこと、浮世絵の画材となる生活文化を楽しむ余裕ができたこと、読み本などを読みこなす力(識字)を備えていたことなどがあるようです。

 講座の中で、浮世絵が1枚いくらで売られていたのかというお話しもありました。普通の浮世絵で、蕎麦1杯の値段と同じくらいだったようです。時代によって違いがあるのでしょうが、蕎麦の値段が16文(落語「時そば」による?)、1文が30円程度(1文の価値は時代や何を基準にするのかということによって大きく違っているようで、10~100円の幅があるようです)とすると480円となります。いずれにしてもそんなに高価なものではなかったのでしょう。
 そんなこともあって、江戸時代の末期に海外に輸出する陶磁器を送る際に浮世絵が摺られた古紙で包装していて、その包装紙の浮世絵が海外で注目され、当時のヨーロッパの画家に影響を与えたということもありました。
 最近は、国内外を通じて浮世絵が人気を博しており急激に高騰しているというということです。1枚が何百万円もするものもあるということで、とても蕎麦1杯などというようなものではないようです。

 数字の統計はないようですが、江戸時代の江戸などの都市部の識字率は世界でも上位にあったとされています。地方も含めて、寺子屋(上方ではお寺で行われていたことからこのように呼ばれていたのだそうです。このような場面でもお寺が地域の中心の役割を果たしていたことが知られます)が設けられてそこで基礎的な教育がなされていたことがその要因とされているようです。

 今回の講座を通じて、浮世絵を通じて見える江戸時代は、幕府の統制や身分制度などがあったものの、経済的な豊かさとは別に人々が心豊かな生活を送っていた時代だったのではないかと改めて思いました。

(図は、寺子屋の様子を描いた錦絵です。東京都立図書館のサイトからお借りしています)

 1840年代の「文学万代の宝」という2枚続きの錦絵ですが、右には男性の先生、左には女性の先生と子どもたちが描かれています。子どもたちはいたずらをしたり、けんかをしたりと、思い思いに過ごしている様子が生き生きと描かれています。女性の先生の後ろにある本から、読み書き以外に花道や茶道なども教えていたことが伺えます。
 
 画面に「一寸子花里(いっすんしはなさと)」とあるのが浮世絵師の名前です。上方に黒い印鑑が押されていますが、講座の中で教えていただいた情報によれば、この印鑑は天保14年(1843年)から弘化4年(1847年)の期間に使われた「改印(あらためいん:許可印)」だそうです。このように改印によって制作時代の推定ができるということでした。
 瓢箪形の囲いの部分に版元名が記されていますが、「和爲」でしょうか?

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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