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490.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (15):上巻第四段

20181203伝絵蓮位自坊

 『御絵伝』は、上巻第四段になります。4幅の『御絵伝』では右端の第1幅の一番上に描かれている場面で、「蓮位夢想(れんいむそう)」の段と呼ばれています。

 『御伝鈔』の該当部分とその訳文を記します。

 「建長八年 丙辰(ひのえたつ) 二月九日の夜寅時(とらのとき)、釈蓮位(れんい)夢想の告げにいはく、聖徳太子、親鸞上人を礼(らい)したてまつりてのたまはく、「敬礼大慈阿弥陀仏 為妙教流通来生者 五濁悪事悪世界中 決定即得無上覚也」。しかれば、祖師上人は、弥陀如来の化身にてましますといふことあきらかなり。」
 
 「建長8年(1256年)二月九日の夜、午前4時ごろ、聖人側近の弟子であった蓮位房にお告げがありました。それは夢の中で、聖徳太子が親鸞聖人を礼拝せられて「大慈阿弥陀仏を敬礼したてまつる。妙教を流通せんがために来生するは、五濁悪事・悪世界のなかにして、決定してすなわち無上覚を得しめんとなり(あなたは阿弥陀仏です。おうやまいし、おがみたてまつります。あなたが尊い仏教のみ教えを伝えるためにこの世へやってこられたのは、汚れ濁りに満ちているこの世界の人びとに、尊いみ教えによって必ず最高のさとりを得させよう、とのためです)」と仰せられたのです。ですから、親鸞聖人は阿弥陀さまの化身であることは明らかで間違いありません。」

 この上巻第四段は第三段に比較して極めて短い段で、『御伝鈔』の15の段の中でも最も短い段です。

 内容は、親鸞聖人の直弟の一人の蓮位という方が、建長8年(1256年)見られた夢の内容が記されています。そこでは、、聖徳太子が親鸞聖人に対して、「あなたは阿弥陀さまです。この末法の世の人びとにさとりをひらかせてくれた」と礼拝されたと記されます。

 建長8年といいますと、親鸞聖人は84歳になっておられます。これまで『御絵伝』は聖人のご出家から始まりそれ以降、時代の流れに従って記されてきましたが、ここで一気に聖人の晩年に生じた夢告の話が入ってきます。しかしこれに続く第五段は再び時代の流れに応じた記事に戻ることになります。

 なぜこのような時間の経過を断つような配置になったのかということについて様々な見解が示されたようです。
 現存する「親鸞聖人伝絵」では、この「蓮位夢想」の段が入っているものと入っていないものがあるのだそうです。「伝絵」は覚如上人が最初に制作されてから何度も推敲し内容を改定されたのですが、その途中で蓮位房がこの夢想のことを記された「夢想の記」を読まれ、当初入っていなかったこの段を追加されたのでだとされているようです。

 さらに、時代の流れを断つようにこの場所に「蓮位夢想」の段を入れられたことについては、この場所が第1幅目の最後の部分に当り挿入しやすかったからだ、とする見解もあるようです。
 しかし、平松令三氏は、第三段の「六角夢想」の段とのつながりからこの場所に置かれたのではないかとされています。
 「六角夢想」の段では親鸞聖人は聖徳太子から「念仏を東方にひろめよ」と告げられ、それに従われ念仏がひろまりました。そのことについて、今度は聖徳太子が親鸞聖人を讃えられたとする「蓮位夢想」の段が「六角夢想」の次に置かれたのだとされています。

 「六角夢想」の段でも記しましたように、当時の人びとは現代の私たちには想像もつかないくらいに「夢」というものに大きな意味、力を感じていたようです。今回の「蓮位夢想」も、その夢告について覚如上人が喜ばれ「伝絵」に追加されたものだということができるようです。

(図は、自坊の「蓮位夢想」の段です。以前に掲載しました第三段の図は一部を切り取っていましたが、その切り取った部分がこの第四段の図に当たります)

 墨衣、墨袈裟の姿の親鸞聖人の前にひざまづいておられるのが聖徳太子で、板間の別の畳で眠っているのが蓮位房です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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