FC2ブログ

475.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (10):上巻第三段 (2)

 20181012伝絵六角堂 20181012伝絵六角堂2 

 今回は、『御絵伝』の第三段の2回目となります。
 前回、親鸞聖人は六角堂で救世観音菩薩から夢告を受けられたことが記されていました。今回は、その夢告の内容です。

 『御伝鈔』では次のように記されています。( )内は、の前回学びました現代語訳に当たる部分を再度記載しました。
 (六角堂の救世菩薩(くせぼさつ)、顔容端厳(げんようたんごん)の聖僧の形を示現(じげん)して、白衲(びゃくのう)の袈裟を着服せしめ、広大の白蓮華に端座して、善信に告命(ごうみょう)してのたまはく、)「行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽」(といへり。)

 告げられた言葉は、次のような内容になります。
 「前からのいろいろな縁によって妻帯をするようなことになった場合は、私(救世観音)が玉のような女の姿になって、つれそってあげよう。そして一生の間よくおごそかに飾ってあげて、臨終になったら極楽へつれて行ってあげよう。」

 この親鸞聖人が受けられた夢告の内容についても、様々な解釈がなされてきたようです。恵信尼公が記されたように、親鸞聖人が「六角堂に百日籠らせたまひて、後世をいのらせたまひ」、夢告の後にただちに「後世のたすからんずる縁にあひまゐらせんと、」法然聖人を訪ねられた背景とは何であったのか、比叡の山に登られて以来20年の間、修行と学問にはげまれた親鸞聖人が抱えておられた苦悩が何だったのか、という点です。

 伝灯奉告法要の初日の専如ご門主のご親教の中に、次のお言葉があります。
 「親鸞聖人も煩悩を克服し、さとりを得るために比叡山で20年にわたりご修行に励まれました。しかし、どれほど修行に励もうとも、自らの力では断ち切れない煩悩の深さを自覚され、ついに比叡山を下り、法然聖人のお導きによって阿弥陀如来の救いのはたらきに出遇(あ)われました。」

 親鸞聖人が抱えておられた苦悩については、その夢告の内容から妻帯(女性に関する戒律を破る)に関わることとする見解から、さらに広く個人の意思を超えたあらゆる「罪業」に関わるものだとする解釈まであるようです。

 いずれにしても、深い悩みを抱えて六角堂に籠られた親鸞聖人は、この夢告を受けられてただちに法然聖人の許を訪ねられました。親鸞聖人は、当時都で幅広い階層の人々の間で広まりつつあった法然聖人の教えについて知っておられ、この夢告によりすぐさま法然聖人を訪る決心をされました。そしてさらに百日の間毎日、法然聖人の許に通われ聖人が説かれるところを聞かれて、聖人に帰依されることとなります。

(図は、『親鸞聖人伝絵』(西本願寺本)の「六角夢想の段」です)

 この西本願寺本は『善信聖人絵』と題されている「伝絵」です。図は、1989年に同朋舎出版から発行された『真宗重宝聚英』の第5巻「親鸞聖人伝絵」(宇部市立図書館蔵です)よりお借りしています。

 前回の『御絵伝』の図も同じですが、この「六角夢想の段」では一つの画面に親鸞聖人が登場される3つの場面が描かれています。
 画面左には3人の男性が描かれていますが、黒い衣を着けた人物が親鸞聖人だと伝えられています。中央左には救世観音、右には夢告を受けられる親鸞聖人の姿が描かれ、画面右には人々に教えを説かれる親鸞聖人が描かれています。
 「六角堂」と名づけられていますが、図では四角形のお堂になっています。六角堂は京の町中にあり、何度も火災にあい建築の難しい六角ではなく四角のお堂だったことも多かったようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR