FC2ブログ

430.『阿弥陀経』を読む(66)「弥陀経讃 (1)」

20180507モクレン2   20180507モクレン

 前回までで『阿弥陀経』を学んでまいりました。
 今回から、親鸞聖人が『阿弥陀経』のみ教えを讃嘆されて記された「弥陀経和讃」をお読みしたいと思います。

 親鸞聖人は、漢文ではなく和語をもって当時の今様と呼ばれる様式で『三帖和讃』をお書きになり、み教えを讃嘆されました。『三帖和讃』は蓮如上人が編纂出版された「文明本」では、『浄土和讃』118首、『高僧和讃』119首、『正像末和讃』116首の合計353首からなるものです。

 その『浄土和讃』のなかに、「『弥陀経』の意(こころ)」(「弥陀経和讃」)という5首があります。この5首を通じて、親鸞聖人が『阿弥陀経』をみ教えをどのように受け止められておられたのか、を学びたいと思います。

 今回はその第1首です。訳文は本願寺出版社の『浄土真宗聖典 三帖和讃(現代語訳)』を使わせていただきました。

「第1首」 十方微塵(じっぽうみじん)世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取(せっしゅ)してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる

「訳文」  数限りないすべての世界の念仏するものを見通され、摂(おさ)め取って決してお捨てにならないので、阿弥陀と申しあげる。

 親鸞聖人は、私たちをだれ一人として残すことなく救いとりたいとされる方こそ阿弥陀さまなのだとお伝えいただいています。阿弥陀さまは、私たちだけではなく、東西南北、上下を含めたあるゆる世界の数限りないすべての衆生を救い、決して捨てることはない、と誓われたかたで、阿弥陀さまのお力によって、あらゆる衆生はこの世の命が終わるとき、直ちにお浄土へむかえられる、と聖人は説かれています。

 親鸞聖人は、和讃に「左訓(さくん・ひだりがな)」と呼ばれる注記を記しておられます。本文の左側に語句の説明や漢字の読み方を示されたものですが、この和讃の「摂取」という言葉には次の左訓が記されていると伺いました。
 「オサメトル ヒトタビトリテナガクステヌナリ セフハモノノニグルヲオワエトルナリ セフハオサメトル シュハムカエトル」
 (摂めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへとるなり。摂はをさめとる、取は迎えとる)
 この和讃で聖人は、阿弥陀さまは、苦悩から逃れることができずにいる私たちを救われるだけではなく、真実から目を背け逃げ出そうとする私たちをも追って救いとろうとされている、そして決してお捨てにならない方なのだとお伝えいただいています。
 この1首によって、聖人はお浄土のすばらしさとそこにおられる阿弥陀さまの限りない功徳、について私たちにお伝えいただいています。

 この和讃は、親鸞聖人の750回大遠忌法要に当たって制定された『宗祖讃仰作法』音楽法要の和讃として使われたものです。和讃は合わせて6首が使われていますが、その一番最初にうたわれるもので、その言葉とともに今でもその響きが思い出されるような、印象深い和讃でした。

(写真はモクレンの花です)

 最後になりましたが、モクレン属のいわばご本家、右はハクモクレンと呼ばれる白花の品種です。
 大型の花を咲かせて、庭木としても人気の花のようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR