FC2ブログ

38.ご存知ですか(5):お盆(2)


 20140808ハス

 かけがえのない大切な方を亡くされて初めて迎えるお盆を「初盆」とお呼びします。これまで身近におられた方が亡くなられた寂しさ、無力感は言葉に表すこともできないことだと思います。

 でも前回の記事に書きましたように、亡くなられた方はお浄土で仏となっていつも私たちを見守ってくださっています。

  昨年ご主人を亡くされた方が仰っておられた言葉が今も記憶に残っています。
 その方は、「最初は本当に寂しかったのですが、お仏壇の前に座っていると亡くなった主人が後に一緒にいてくれるような気がするようになりました。そう思うと寂しさも薄らいでいくような気がします」と仰っていました。
 その方は、ご主人に見守ってもらっていると感じておられるのだと思います。この方にとって、亡くなられたご主人はお盆だけに帰ってこられる人ではなく、いつもお浄土から阿弥陀如来と一緒に見守っていてくれる人なのだと思いました。 

 大往生といってもよいような命を全うされた死だけではなく、突然の死、幼い子供さんの死、さまざまな死にお遭いしました。
 「こうしてあげればよかった、あんなことを言わなければよかった・・・」とご遺族の方々にいろいろな思いが残されていることも聞かせていただきました。
 亡くなられた方々は、それぞれ力一杯に生きられて、お浄土に向かわれ、今は阿弥陀如来とともに私たちのことを見守っていただいています。
 私たちはこの方々を通じて、私たちの命がはかないものであること、終わりのない命というものはありえないのだということを教えていただきました。これらの方々をご縁に、阿弥陀如来の智恵の光と慈悲の光を感じることができました。

 親鸞聖人は、「南無阿弥陀仏」の名号(お念仏)は、阿弥陀如来の「必ず救うから、我にまかせよ」という呼びかけである、とお示しいただきました。
 それはまた、亡くなられた方から私たちに向けられた、「お念仏して阿弥陀さまにおまかせください、そしてまた必ずお浄土でお会いしましょう」という呼び声でもあります。
 そして、私たちの「南無阿弥陀仏」のお念仏は、「私のことは全て阿弥陀さまにおまかせします。このような私をお救いいただきありがたくもったいないことです」というお礼の言葉なのです。

 私たちは、お念仏を申し私たちに向けられたこのお呼びかけを力にして、私たち自身のかけがえのない日々を、この世に縁が尽きる日まで明るく元気よく生き抜くことが大切なことだと思います。
 それが私たちに向けられた阿弥陀如来の願いであり、亡くなられた方の願いでもあります。 

(写真は、前回の記事と同じ「三室戸寺」のハスです。この「三室戸寺」はハスの他にアジサイやシャクナゲ、ツツジなどでも知られたお寺です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR