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423.『阿弥陀経』を読む(63)

20180413ホオノキ2  20180413ホオノキ

「御文」 舍利弗・如我今者・称讃諸仏・不可思議功德・彼諸仏等・亦称説我・不可思議功德・而作是言・釈迦牟尼仏・能為甚難・希有之事・能於娑婆国土・五濁悪世・劫濁見濁・煩惱濁・衆生濁・命濁中・得阿耨多羅・三藐三菩提・為諸衆生・説是一切世間・難信之法
     (しゃりほツ・にょがこんじゃ・しょうさんしょぶツ・ふかしぎくどく・ひしょぶっとう・やくしょうせツが・ふかしぎくどく・にさぜごん・しゃかむにぶツ・のういじんなん・けうしじ・のうおしゃばこくど・ごじょくあくせ・こうじょくけんじょく・ぼんのうじょく・しゅじょうじょく・みょうじょくちゅう・とくあのくたら・さんみゃくさんぼだい・いしょしゅじょう・せツぜいっさいせけん・なんしんしほう)

「訓読」 舎利弗、われいま諸仏の不可思議の功徳を称賛するがごとく、かの諸仏等もまた、わが不可思議の功徳を称説(しょうせつ)してこの言(ごん)をなしたまはく、<釈迦牟尼仏、よく甚難希有のことをなして、よく娑婆国土の五濁悪世、劫濁・見濁・煩惱濁・衆生濁・命濁のなかにおいて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、もろもろの衆生のために、この一切世間難信の法を説きたまふ>と。

「訳文」 舎利弗よ、わたしが今、仏がたの不可思議な功徳をほめたたえているように、その仏がたもまた、わたしの不可思議な功徳をほめたたえてこのように仰(おお)せになっている。<釈迦牟尼仏は、世にもまれな難しく尊い行を成しとげられた。娑婆世界はさまざまな濁(にご)りに満ちていて、汚れきった時代の中、思想は乱れ、煩悩は激しくさかんであり、人々は悪事を犯すばかりで、その寿命は短くなる。そのような中にありながら、この上ないさとりを開いて、人々のためにすべての世に超えすぐれた信じがたいほどの尊い教えをお説きになったことである>

 この段では、お釈迦さまは、ご自身が諸仏の不可思議の功徳をほめたたえられるように、諸仏もお釈迦さまの不可思議の功徳をほめたたえられている、と仰います。
 仏方は、お釈迦さまが「五濁悪世のこの時代に、よくぞこの上ないさとりを開き、人々のために信じがたいほどの尊い教えをお説きになられた」と讃嘆されます。

 「五濁」については、「訳文」にその内容が記されていますが、思想の乱れ、激しい煩悩、悪事の横行、など現代の社会そのもののように感じられます。2500年前にお釈迦さまは、私たちが時代を超えてこのような濁りから自由になることができない存在なのだということを見抜かれていたのだと感じることができます。
 技術が発達し、物が豊富になり、さまざまな思想が説かれて、物質的にも思想的にも一見豊かになったように思える現在でも、私たちの姿は変わらないということなのですが、極大化した人間の力は一瞬にして地球を破壊するほどの力を持つようになりました。このように私たちが持つ力が大きくなった分だけ、問題はより深く、鋭くなっているということを改めて感じさせられます。
 お釈迦さまは、そのような濁世で煩悩にとらわれている私たちは、どのようにしても自らの力でさとりを得ることはできない、私たちは阿弥陀さまのお力におすがりするほかに道はないのだと、示されました。その道は、科学技術が極限にまで発達したと思われる現代においても変わるところはない、のみならずこの現代だからなおさら、そのことに気づいてくれよとよびかけていただいているお釈迦さまのお言葉に耳を傾けたいと思います。
 
(写真は、ホオノキの花です。ホオノキも前回取り上げたタムシバやその前のコブシと同じくモクレン属の植物です。)
 高さ30メートルにもなる高木で、普段は目の高さでみることはなかなか難しいのですが、左の写真はそばにあった階段から撮ることができました。葉は朴葉味噌に、また材は下駄の歯に使われるなど身近な植物でもあります。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
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