FC2ブログ

400.『阿弥陀経』を読む(55)

20180122大岩郷雪2   20180122大岩郷雪

[御文] 説誠実言・汝等衆生・当信是称讃・不可思議功德・一切諸仏・所護念経
     (せツじょうじツごん・にょとうしゅじょう・とうしんぜしょうさん・ふかしぎくどく・いっさいしょぶツ・しょごねんぎょう)

[訓読] 誠実(じょうじつ)の言(ごん)を説きたまはく、<なんぢら衆生、まさにこの不可思議の功徳を称讃したまふ一切諸仏に護念せらるる経を信ずべし>と。

[訳文] まごころをこめて、<そなたたち世の人々よ、この《阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経》を信じるがよい>と仰せになっている。

 今回のところで、東方の数限りない仏方が仰っている内容が示されます。
 仏方は、まごころをこめて、「阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経」を信じるように説かれています。 この「阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経」とは『阿弥陀経』のことだと伺いました。つまり、東方の仏方は、ご自分の国の衆生に対して、お釈迦さまが『阿弥陀経』に説かれたことを信じるようにとお勧めになっているということになります。

 四十八願の第十七願に「わたしが仏になるとき、すべての世界の数かぎりない仏がたが、みなわたしをほめたたえてわたしの名を称えないようなら、わたしは決してさとりをえて仏とはならない。」と誓われた「諸仏称名の願」があります。
 瓜生津師は、阿弥陀さまのこの悲願があって、その悲願が成就したすがたが諸仏の証誠となっているのだと記され、『浄土和讃』の次のご和讃を示されています。
 「諸仏の護念証誠は/悲願成就のゆゑなれば/金剛心をえんひとは/弥陀の大恩報ずべし」

 今回のところで、「護念」という言葉が出てきます。「念じまもること」(『浄土真宗辞典』)なのですが、一般に考えられるような、災いを免れたり、病を除き健康を維持したり、といったご利益のことではありません。瓜生津師は、親鸞聖人が『一念多念文意』示された「『護』はところをへだてず、ときをわかず、ひとをきらはず、信心ある人をひまなくまもりたまふとなり。」というお言葉をひいて、「まことの信心をえた人は、一瞬もたえまなくつねに如来の心につつまれ、ささえられてい」ることが護られるということだと記されています。

 ここでは、信心をいただいてお念仏申す人は、阿弥陀さまにまもられて、なにものにも迷わされることない「金剛心」をえるというご利益をいただくことができるということが示されています。

(写真は先日の大雪の後の大岩郷です)

 雪の当日は車でも行けませんでしたので、晴れてからの写真になりました。いつもとは様子の違う大岩郷です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR