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395.『阿弥陀経』を読む(51)

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[御文] 舍利弗・我見是利・故説此言・若有衆生・聞是説者・ 応当発願・生彼国土
     (しゃりほツ・がけんぜり・こせっしごん・にゃくうしゅじょう・もんぜせっしゃ・おうとうほツがん・しょうひこくど)

[訓読] 舎利弗、われこの利を見るがゆゑに、この言(ごん)を説く。もし衆生ありて、この説を聞かんものは、まさに発願してかの国土に生るべし。

[訳文] 舎利弗よ、わたしはこのような利益(りやく)があることをよく知っているから、このことを説くのである。もし人々がこの教えを聞いたなら、ぜひともその国に生れたいと願うがよい。

 本日の部分は、お釈迦さまがお念仏とその利益(りやく)について説かれた部分の最後になります。
 お釈迦さまは言われます。「私は、お念仏には、どのようなものでも、臨終のときをまつことなく間違いなくお浄土に往生させていただく力があることをよく知っているから、他にこころを移すことなく(信心をいただいて)念仏するようにと説くのだ」そして、お浄土に生れることを願うことをお勧めになります。

 これまでお釈迦さまが説かれたことをもう一度振り返ってみます。

 お釈迦さまは、最初にお浄土の荘厳の素晴らしさを説かれました。
 お浄土には宝で飾られた樹や池があり、大きな蓮の花が咲いており、様々な光に満ちて、鳥たちが素晴らしい声で鳴き、妙なる音楽が聞こえてきて、それを目にし耳にするものは、自然に仏法僧を念じるようになるのだと、説かれました。

 次いで、お釈迦さまはそこにおられる阿弥陀さまとお弟子さんについて説かれます。
 「阿弥陀」というお名前は、限りない光と限りない命を備えておられことに由来するもので、また阿弥陀さまとともにおられる数限りないお弟子さん方も、限りない命をいただいておられると説かれました。

 そして、お釈迦さまは、私たちに、(信心をいただいて)他に心を乱すことなく阿弥陀さまの名号を称えるならば、だれでも臨終のときを待つことなく間違いなくお浄土に迎えられるのだとお示しいただきました。

 お釈迦さまはこれらのことを、「舎利弗、舎利弗」と第一のお弟子さんである舎利弗さんに呼びかけながらお話しされました。その声は、舎利弗さんを通して他ならぬ私たちに「お浄土のことを思い、お念仏を申し、お浄土に生れることを願うようになってくれよ」と呼びかけられる声なのだと改めて受け止めたいと思います。

(写真は、別府湾の日の出です。前回と今回、日の出の写真となりました。)

 2009年ですが、大阪からフェリーで別府まで行くことがあって、この日の出に出会いました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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