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383.『阿弥陀経』を読む(45)

20171124永源寺紅葉2   20171124永源寺紅葉

[御文] 舍利弗・若有善男子・善女人・聞説阿弥陀仏・執持名号・若一日・若二日・若三日・若四日・若五日・若六日・若七日・一心不乱・
     (しゃりほツ・にゃくうぜんなんし・ぜんにょにん・もんせツあみだぶツ・しゅうじみょうごう・にゃくいちにち・にゃくににち・にゃくさんにち・にゃくしにち・にゃくごにち・にゃくろくにち・にゃくしちにち・いっしんふらん・)

[訓読] 舎利弗、もし善男子・善女人ありて、阿弥陀仏を説くを聞きて、名号を執持すること、もしは一日、もしは二日、もしは三日、もしは四日、もしは五日、もしは六日、もしは七日、一心にして乱れざれば、

[訳文] 舎利弗よ、もし善良なものが、阿弥陀仏の名号を聞き、その名号を心にとどめ、あるいは一日、あるいは二日、あるいは三日、あるいは四日、あるいは五日、あるいは六日、あるいは七日の間、一心に思いを乱さないなら、

 前回、お釈迦さまは「わずかな功徳を積むだけでは、とてもその国(お浄土)に生まれることはできない」と説かれました。親鸞聖人は、これを承けて、大乗の法も小乗の法も私たちがそれぞれの縁に従ってなす諸善は全て自力の行であり、阿弥陀さまの願いにかなっていない行であり、それによってはお浄土に生れることはできない、と示されました。

 今回、お釈迦さまは、お浄土に生れる道は、善男子、善女人が、阿弥陀仏の名号を聞き、その名号を執持し思いを乱さないことであると説かれます。
 今回の部分は、お釈迦さまが「善男子・善女人が」、「名号を聞き名号を執持する」、「その時」、「一心不乱」といった大切なことについて説いておられます。この部分は『阿弥陀経』のもっとも大切な部分だと思われますので、以下分けて学んでいきたいと思います。

 まず、「善男子・善女人」です。
 訳文では「善良なもの」と訳されています。また、現在でも「善男善女」という言葉が使われていますが、この「善男子・善女人」はいわゆる「善人」だけを指すものではない、と伺いました。
 辻本師によれば「善男子・善女人」はサンスクリット語の訳語で、もともとは良家の息子、良家の娘という意味だったものが、その後尊敬すべき男女、正しい信仰を持つ人という意味になったということです。また、経典では、仏教に帰依した在家の信者のことをいい、浄土教では念仏者のことをいうようになったというように意味が変遷してきた言葉でもあるようです。

 瓜生津師によれば、善導大師や法然聖人は、「善男子・善女人」は善人だけをいっているのではなく、悪人も含んでいるとされました。
 煩悩を抱え、罪業に苦しむ身、悪事を働く身であっても、阿弥陀さまに導かれて仏法を聞き念仏することができる身にさせていただいた私たちには、善人も悪人もないのだということになります。

 この「善男子・善女人」という言葉は、『阿弥陀経』の中ではこれから後3回出てきます。

(写真は、滋賀県の臨済宗のお寺、永源寺の紅葉です)

 もう6年前になりますが、湖東(琵琶湖の東の地域)のお寺を回る機会があって、この紅葉にであいました。11月27日でしたからちょうど今頃になります。永源寺の周辺はこんにゃくの産地としても有名です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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