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380.報恩講をお勤めしました

20171113集合写真

 昨日12日、報恩講をお勤めしました。ご講師には宝林寺ご住職の市川幸佛師をお迎えしました。

 ご講師には初めて報恩講でご出講いただきましたが、親鸞聖人の90年のご生涯についてお聞かせいただきました。

 聖人のご出生から9歳でのご出家、比叡山での20年の厳しい修行の後の法然聖人とのお出遭い、在来仏教からの弾圧による越後への遠流、関東でのご布教の後60歳でのご帰洛、善鸞ご次男の義絶、そして90歳でのご往生についてお話しをいただき、聖人がご苦悩の中でみ教えを立てられ、それを揺らぐことのない信念をもって保たれ、私たちに伝えようとされたことをお伝えいただきました。

 この中で、念仏についてのご講師の言葉が印象に残りました。聖人が比叡山で修行されていた時の「念仏」と法然聖人が親鸞聖人に示された「念仏」との違い、厳しい修行によって煩悩から逃れようとする念仏と、私たちにはそのような力はないことを深く認知し、阿弥陀仏のお救いにお任せする念仏の違い、を示していただきました。自力の念仏と他力の念仏ということになるのですが、「自力の念仏は他力の念仏の足場」だというご講師の言葉がありました。建物を建てるために必要な足場は、完成すれば取り除かれるように、親鸞聖人に最初から他力の念仏があったのではなく、20年という自力修行と苦悩の後に他力を教えを開かれたとご講師は示されます。
 その意味では、私たちは親鸞聖人のおかげで最初から他力の念仏をお示しいただいているのですが、自力の念仏に関わる苦悩を経ずして他力の教えをいただいているとも言えます。いわば、私たちが「確固とした基礎のない建築物」をもっているという危うさ、もろさをご指摘いただいた思いです。

 また、報恩講は聖人がご往生されて以来、750年を超える間途絶えることなく勤められてきた法要です、自身の親族でも一般に50回忌をもって終わりとしている私たちが、なぜこのように長い期間法要をお勤めしているのでしょうか、というご講師の問いかけがありました。上記のような親鸞聖人のご生涯とみ教えが遠く時代を下った私たちを導いていただいていること、報恩講はそのご苦労を偲び、そのお姿をお慕いするものであるということを改めて心に刻むことのできるご法話でした。

 今回も多くの方にお力添えをいただきました。
 すでにご報告しましたように、11月5日には総代さんや応援の方に境内周辺の草刈をお願いしました。
 前日の11日には、仏教婦人会の杉山博子会長、井上幹子副会長、石川ハルミさんにお斎の準備をお願いしました。また、報恩講の当日には、杉山会長、井上副会長、山本信子さん、志賀信子さん、江木都美恵さん、井上聡子さんにお斎の調理から給仕、後片付けまでのご協力をいただきました。

 勤行に先立って、井上代表総代から、今回の杉林の法面改修工事の実施状況の報告と、ご協力いただいたことへのお礼の言葉をいただき、お参りいただいた方に工事の終了した現地を見ていただくことができました。

 皆様のご協力に厚くお礼申し上げます。

 (写真は、恒例の集合写真です)


 (このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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