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381.『阿弥陀経』を読む(43)

20171117オクラ   20171117オクラ2

[御文] 舍利弗・衆生聞者・応当発願・願生彼国・所以者何・得与如是・諸上善人・倶会一処
     (しゃりほツ・しゅじょうもんしゃ・おうとうほツがん・がんしょうひこく・しょいしゃが・とくよにょぜ・しょじょうぜんにん・くえいっしょ)

[訓読] 舎利弗、衆生聞かんもの、まさに発願(ほつがん)してかの国に生ぜんと願ふべし。ゆゑはいかん。かくのごときの諸上善人(しょじょうぜんにん)とともに一処(いっしょ)に会(え)することを得(う)ればなり。

[訳文] 舎利弗よ、このようなありさまを聞いたなら、ぜひともその国に生れたいと願うがよい。そのわけは、これらのすぐれた聖者(しょうじゃ)たちと、ともに同じところに集うことができるからである。

 お釈迦さまは、前回までで阿弥陀さまの国土(お浄土)について説かれ、次いで阿弥陀さまとお浄土の聖衆について説いてこられました。
 本日からは、阿弥陀さまの極楽浄土に往生する道はただ一つ念仏だけだと、私たちに念仏往生をすすめられます。

 お釈迦さまは、まずこれまで説かれたお浄土の素晴らしさと阿弥陀さまの限りない功徳のことを聞いたものは、そのお浄土を願う心が起き、お浄土に生れるよう発願するがよい、と説かれます。
 その理由として、お釈迦さまはそうすることによって「諸上善人」とともに一処に会うことができるからだと説かれます。この「諸上善人」はすぐれた善人たち、つまり浄土の一生補処の菩薩方のことだと伺いました。
 お釈迦さまは、お浄土に往生したいと発願することによって、私たちは菩薩方と同じところに集うことができる(倶会一処)のだと示されます。
 お釈迦さまは、お浄土が素晴らしい場所であることを示された上に、お浄土に生れたいと願うものはお浄土で優れた菩薩方と同じ処に会することができるのだと、お浄土を願うことをすすめられます。今現在煩悩に取りつかれそれから逃れることができずにいる私たちでも、お浄土では菩薩方とともに集うことができるのだと、往生を願うことを強くおすすめになっているのです。

 この「倶会一処」という言葉は、「ともに一つの場所で会う」(『浄土真宗辞典』)ことを示します。
 死によって分かたれた親子、兄弟、夫婦が、同じ信心をいただいて、ともに同じお浄土に帰るのだということを示した言葉でもあり、そのようなことから、お墓にこの言葉が刻まれているのを見ることがあります。

(写真は、オクラの花です)

 これもアオイ科の植物です。夏に花を咲かせますので、ちょっと季節外れになりましたが、魅力的な花を持っています。右のような赤みがかった花のものもあります。
 紀元前の時代にエジプトで栽培されていたようで、日本には明治時代に入ってきたということです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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