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373.『阿弥陀経』を読む(41)

20171023工事2   20171023工事

[御文] 又舍利弗・彼仏有無量無辺・声聞弟子・皆阿羅漢・非是算数・之所能知・諸菩薩衆・亦復如是・舍利弗・彼仏国土・成就如是・功徳荘厳
     (うしゃりほツ・ひぶツうむりょうむへん・しょうもんでし・かいあらかん・ひぜさんじゅ・ししょのうちし・しょぼさっしゅ・やくぶにょぜ・しゃりほツ・ひぶっこくど・しょうじゅにょぜ・くどくしょうごん)

[訓読] また舎利弗、かの仏に無量無辺の声聞(しょうもん)の弟子あり、みな阿羅漢なり。これ算数(さんじゅ)のよく知るところにあらず。もろもろの菩薩衆、またかくのごとし。舎利弗、かの仏国土には、かくのごとき功徳荘厳を成就せり。

[訳文] また舎利弗よ、その仏のもとには数限りない声聞の弟子たちがいて、みな阿羅漢のさとりを得ている。その数の多いことは、とても数え尽くすことができない。また菩薩たちの数もそれと同じく数え尽くすことができない。舎利弗よ、阿弥陀仏の国はこのようなうるわしいすがたをそなえているのである。

 しばらく間が空きましたが、『阿弥陀経』に戻りました。
 お釈迦さまは、これまで『阿弥陀経』の中で、まず阿弥陀さまがおられるお浄土の素晴らしさについて説かれ、ついで、阿弥陀さまは限りない光明と限りない寿命を備えておられると、そのお名前の由来を説かれました。

 ここからは、お釈迦さまはその阿弥陀さまの周りにおられる尊い方々について話されます。

 お釈迦さまは、阿弥陀さまのもとには無量無辺の(数限りない)声聞のお弟子さんがおられ、この方々はみな阿羅漢(さとりを開いた人)であると説かれます。これは、四十八願のうちの第十四願「声聞無量の願」が成就されたことによると伺いました。その第十四願には次のように述べられています。
 「わたしが仏になるとき、わたしの国の声聞の数に限りがあって、世界中のすべての声聞や縁覚が、長い間、力をあわせて計算して、その数をしることができるようなら、わたしは決してさとりを開きません」
 この「長い間」は「百千劫」とされていますから、それこそ気の遠くなるような長い時間をかけても数えきれないほど多くの、という意味になります。 
 そして、阿弥陀さまのもとには声聞のお弟子さんと同じく数限りない菩薩方もおられると説かれます。

 瓜生津師によりますと、玄奘三蔵の翻訳による「称讃浄土教」では、「数限りない」とされているものは、その数だけではなく、声聞のお弟子さんや菩薩方が備えておられる功徳についても言われているのだそうです。従って、お釈迦さまは、阿弥陀さまのもとには、限りない功徳をそなえた数限りない声聞や菩薩のお弟子さんがおられると説いておられることになります。

 この「声聞」という呼称については変遷があったと学びました。
 『浄土真宗辞典』にたずねますと、声聞は「声を聞く者の意。仏の直接の教えを聞いて学ぶ者をいう。もとは釈尊の直弟子を指す語。」から「煩悩を断ち切り自己のさとり(自利)のみを目的とする者とされ、小乗の聖者を指す。」とされるようになったということです。
 今回の使われている「声聞」は仏の声を直接聞く者、の意味と考えられます。

(写真は、現在進行中の杉林の法面改修工事の様子です)

 10月9日の着手以来5回作業を行い、擁壁のじゃかごの2段目までが完成しました。
 雨で地面が粘土状にぬかるむなどの予想外の事態が生じ、またこの週末から月曜日にかけては台風と、その対応にも追われました。
 写真左は、じゃかごの2段目の作業の様子、右は活躍しているバックホーとキャリーです。バックホー2台、キャリー2台が力を発揮してくれています。
 ここまで総代さんやご門徒さんのご協力をいただいて作業を進めることができました。厚くお礼申しあげ、引き続きご支援をお願いします。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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