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325.『阿弥陀経』を読む(18)

 20170508阿弥陀三尊 P1080067 (2)   

「御文」 其土有仏 号阿弥陀 今現在說法 (ごどうぶツ・ごうあみだ・こんげんざいせっぽう)

「訓読」 その土(ど)に仏(ぶつ)まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまふ。

「訳文」 そこには阿弥陀仏と申しあげる仏がおられて、今現に教えを説いておいでになる。

 お釈迦さまは、「この地より西方、遠く十万億の仏土を過ぎた地に阿弥陀仏と申しあげる仏さまがおられ、いまも教えを説かれている」と聴衆に説かれます。

 『阿弥陀経』に初めて阿弥陀如来のお名前が登場しました。

 『浄土真宗辞典』では阿弥陀如来(阿弥陀仏)について、「浄土真宗の本尊。西方浄土にあって大悲の本願により一切衆生を平等に救済しつつある仏。」と記されています。これに続いて「阿弥陀」というお名前の由来が記載されているのですが、それは『阿弥陀経』の後の部分でお釈迦さまが説かれていますので、そちらで学びたいと思います。

 『辞典』ではさらに、「『大経』には、過去無央数(むおうしゅ)劫に一人の国王があり、出家して法蔵と名乗り、世自在王仏の弟子となって、諸仏の浄土を見て五劫の間思惟して四十八願をおこし、兆載永劫(ちょうさいようごう)の修行を経て今から十劫の昔に阿弥陀仏となって西方に浄土を建立したと説かれている。」とされています。

 法蔵菩薩は、私たちには計り知ることができない気の遠くなるような長い間思惟を巡らして四十八願を立てられ、それよりもさらに長い間、私たちに代わって行を修められました。そして、さとりをひらかれ阿弥陀仏となられお浄土を建立されました。それは今から遡ること十劫の昔で、以来いまも現に教えを説いておられるのです。
 法蔵菩薩がこのように想像もつかないような長い時間をかけて思惟を尽くし、修行されなければならなかったのは、その救いの対象たる私たちの煩悩、悪業が余りにも深く、私たちがまさしく「救い難い」存在であったからだと教えていただきました。

 親鸞聖人は、『正信偈』の依経段の最初の部分で、法蔵菩薩がさとりをひらかれる大変なご苦労を「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所 覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪 建立無上殊勝願 超発稀有大弘誓 五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方」と記されて、讃嘆されています。

(写真は、京都の三千院「往生極楽院」に安置されている阿弥陀三尊像と秋の三千院です。三尊像の写真は手元にありませんでしたので、ウイキペディアから借りています)

 浄土真宗のご本尊の阿弥陀さまは立像ですが、他の宗派では坐像の阿弥陀さまも多く見られます。この三千院の三尊像の両脇侍(きょうじ:観音菩薩と勢至菩薩)は、日本式の坐(正座)像という珍しいものです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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