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319.『阿弥陀経』を読む(16)

20170417専称寺サクラ2  20170417専称寺サクラ

[御文] 從是西方・過十万億佛土 (じゅぜさいほう・かじゅうまんのくぶツど)
[訓読] 「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、
[訳文] 「ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに、

 本日の部分からは、お釈迦さまが実際にお説きになられた言葉が「 」でくくられる形で伝えられています。前回書きましたように『阿弥陀経』は「無問自説」のお経ですので、お弟子さんなどとの問答ではなくお釈迦さまがお話しになられた言葉のみが伝えられます。従って、この「 」の締めくくりの(」)の部分はこの『阿弥陀経』の最後の方に登場することになります。

 お釈迦さまが最初に説かれたのは、お浄土についてです。
 まず、お浄土は「これより西方に」とされます。この「これ」は私たちのこの現実世界、娑婆世界のことと伺いました。従って、私たちの世界から見て西の方に、お浄土があると説かれています。
 辻本敬順氏は道綽禅師の『安楽集』を引用されて「では、なぜ西なのか。(中略)日の没する西は、生命の帰趨する処として、浄土の場所を表すのにもっとも適当であるから、阿弥陀仏はここに浄土を建立され、人びとを導かれる。」という言葉を紹介されています。
 太陽が昇ってくる東、一日の始まりを示す東に対して、静かに太陽が姿を消していく、一日の終わりを示す西は確かに安らぎを感じさせる方角です。これは東洋人だけの感覚なのでしょうか?

 ついで、「十万億の仏土を過ぎて」と言われます。
 『浄土真宗辞典』では「浄土」とは「菩薩の智慧清浄の行業によって建立された清浄な国土」とされています。さとりの境地に入った仏や菩薩の住む清浄な仏国土が浄土だとお聞きしました。
 従って、浄土の数は仏の数だけあるということになり、気の遠くなるほど多いのだということになります。これが「十万億の仏土」の所以です。しかし、瓜生津氏によれば、この十万億という数字は他の原文では百万億や百千万億などとされているのもあるのだそうです。
 これはどの数字が正しいか、ということではなくて、この途方もない大きな数字は、私たちの相対的で有限な迷いの世界と絶対無限のさとり世界の違い、数的な違いではなくて質的な違いを示したものだとされています。私たちの有限の見方ではさとりの世界を推し量ることはできないのだということが示されているというということだと思われます。

(写真は奈良県香芝市の専称寺のサクラです)
 枝垂桜が美しい浄土宗のお寺で、ちょうど満開の時に訪ねることができました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)



 

 
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