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27.ご紹介します(1):「いまを生かされて」


20140630前門ご本1
    20140630前門ご本2

  『いまを生かされて』というご本をご紹介します。
 即如前ご門主が著わされたご本で、今年の3月に刊行されました。ご門主在任中の最後の著書ということになります。

 帯に「親鸞聖人、和讃の教え。」と書かれていますように、前ご門主はこの本の中で親鸞聖人が作られた『三帖和讃』から62首の和讃を取り上げられて、その心をお伝えいただいています。本の内容は次のようになっています。

  はじめに-退任のあいさつに代えて
  一、阿弥陀如来の願いに出遇う
  二、生死を超える道
  三、阿弥陀如来と浄土
  四、末法の世を生きる
  五、本当の救いをもとめて
  六、お念仏のある生活
  あとがき
  浄土真宗の教章(私の歩む道)

 前ご門主はこの書の初めの方で、「私はこの本で、和讃の解説や現代語訳をしようとは考えておりません。そうしたことは専門の解説書や研究書にお任せしたいと思います。私はこの本をお読みいただける皆さんとともに、和讃をいただき、和讃に親しみ、そして、わが身を振り返ってまいりたいと思います。」と書かれています。

 この『三帖和讃』は353首からなるもので、親鸞聖人が70歳代後半から80歳代後半にかけて書かれたものです。
 ということは、今から750年以上も前に著わされたことになります。 当時も戦乱や災害、飢饉などが起こり、その中で苦しんでいる人々に阿弥陀如来のお救いを伝えたいと親鸞聖人はこの和讃を作られたと伺っています。
 親鸞聖人は、難しい漢文によるお経ではなく、一般の人々も口にすることができるように和語を使って、それも当時流行っていた「今様」という様式で仏徳讃嘆の歌をつくられました。
 それが現在まで私たちに和讃として伝えられています。

 上記の一、から六、の章の見出しは、それぞれ「現在の社会で」という言葉を添えるとこのご本にこめられたねがいをよく理解できると感じました。
 親鸞聖人がつくられた和讃は決して聖人のおられた当時の人々だけのための和讃だったのではなかったのです。
 前ご門は、あとがきの最後に「親鸞聖人が和讃を残されたのは、私たち苦悩するもののためでした。ともに苦悩の中を歩むものとして、和讃を味わうことができましたら何より嬉しいことです。」と記されています。

 上記の内容にありますように、このご本の最後に前々回に取り上げました「浄土真宗の教章(私の歩む道)」が掲げられています。
 1967年(昭和42年)に制定されたこの「教章」は、2008年(平成20年)に前ご門主のもとで改訂されたものです。
 この「教章」を私たちの日常の生活の基本に置くことが強く期待されているということを改めて感じました。

 ぜひ、ご一読ください。
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