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318.『阿弥陀経』を読む(15)

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[御文] 爾時佛告・長老舍利弗 (にじぶツごう・ちょうろうしゃりほツ)

[訓読] その時、仏、長老舎利弗に告げたまはく、

[訳文] そのとき釈尊は長老の舎利弗に仰せになった。

 『阿弥陀経』のこれまで学んできた部分は「序分」と呼ばれていて、今回から「正宗分(しょうしゅうぶん)」と呼ばれる部分に入ります。お釈迦さまが説かれた内容そのものに当たります。
 この正宗分は、また三つの部分(段)、極楽浄土と阿弥陀仏の姿について説かれた部分と、阿弥陀仏の名号を信じて称えるならば間違いなく浄土に往生することができると説かれた部分そして六方の諸仏がこのお釈迦さまが説かれた法は真実であると証されたに分けられるとお聞きしました。
 今回からその正宗分の最初の段について学ぶことになります。

 『阿弥陀経』は古来、「無問自説の経」と呼ばれています。お釈迦さまがお弟子さんや他の方からの問いかけや要請を受けずに、ご自身が自発的に説かれたお経だという意味で、お釈迦さまの本懐をあらわされたお経(出世本懐:ほんがい、の教説)だとされています。
 その結果、お弟子さんの阿難の求めに応じて説かれた『無量寿経』や、韋提希夫人の懇請により説かれた『観無量寿経』ではお釈迦さま以外の方のことばも入っていますが、『阿弥陀経』では全てがお釈迦さまのことばなのです。

 最初に、お釈迦さまはお弟子さんの舎利弗さんに語りかけられます。
 すでに見ましたように、舎利弗さんはお釈迦さまの十大弟子の一人で、智慧第一と称されたお弟子さんでした。この舎利弗さんにお釈迦さまが「なあ、舎利弗よ」と呼びかけられるのです。このお経の中では、35回呼びかけられたとされています。

 瓜生津氏はその著『聖典セミナー 阿弥陀経』で「善導大師は、仏が「舎利弗よ」と呼びかけられたことは、広く私たち苦悩にあえぐものすべてに向かって呼びかけられたことであって、舎利弗は私たちを代表しているといわれています。」と書かれています。これから学びますお釈迦さまの説法は、何度も何度も私たちに向かって語りかけていただいたものだと改めて受け止めながら読みたいと思います。

(写真は美祢市の厚狭川畔のサクラです)
 これは今年の写真ではないのですが、毎年寒い日々を通り越して「春が来たなあ」と感じさせる姿です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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