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304.『阿弥陀経』を読む(10)

20170224アヌルダ 

「御文」「訓読」「訳文」 摩訶劫賓那・薄拘羅・阿㝹楼駄 (まかこうひんな はくら あぬるだ)

 お釈迦さまの説法を聞かれた16人のお弟子さんの最後の3人です。

 摩訶劫賓那(まかこうひんな)さんは、クックタという小さな国の国王だった方だと伝えられています。お釈迦さまが祇園精舎におられることを聞き、教えを聞きたいと向かう途中でお釈迦さまに遭われ、お弟子さんになられたそうです。
 徳が高く行に優れていたことから勇猛端正第一、また天文暦数や数学に秀でていたところから知星宿第一と称された方です。

 ついで、薄拘羅(はくら)さん、長者の子どもとして生まれた方です。
 パーリ語での名前はバークラ(両家の意味だそうです)と呼ばれますが、この名前には物語が伝えられています。ある日川で水浴中に大魚に飲み込まれたのですが、その魚を別の長者の妻が買って不思議にも助け出されたそうです。そこで二人の婦人が薄拘羅さんのことを自分の子どもであると主張したのですが、王の裁定で両家共有の子どもだとされたことからこの名前になったということです。
 出家したのが80歳、160歳まで長生きされた方で、少欲知足の生活を送りその間一度も病気なることもなかったことから、長寿第一、無病第一と称されたそうです。

 最後の阿㝹楼駄(あぬるだ)さんは、お釈迦さまの従弟に当たる方です。お釈迦さまの出身である釈迦族の青年たちが教団に参加するときにその中心となった方だと伝えられています。
 あるとき、祇園精舎でお釈迦さまの説法を聞きながら居眠りをしてしまってお釈迦さまから叱られたことがあったそうです。それ以後、お釈迦さまの前では眠らないという誓いをたてられました。お釈迦さまは苦行はいけないと注意をされたのですが、誓いを忠実に守った結果、視力を失われました。しかし修行に取り組み、心の眼を開くことができ天眼第一と称されました。
 釈迦十大弟子の一人です。

 以上の16人のお弟子さんが、『仏説阿弥陀経』の中でお釈迦さまの説法を聞かれたと記されています。
 そのうち、釈迦十大弟子と呼ばれるお弟子さんは次の7人です。
  舍利弗、摩訶目犍連、 摩訶迦葉、摩訶迦旃延[、阿難陀、羅睺羅、 阿㝹樓駄
 ただ、中村元氏はその著書『浄土三部経(下)』の中で、この7人に摩訶劫賓那さんを加えた8人の方を十大弟子とされていますが、その違いの背景はよく分かりませんでした。 

 中村元氏が訳された『仏弟子の告白 テーラガータ』という本があり、この16人の大弟子について知ることができるということですので、一度読んでみましょう。

(図は 阿㝹樓駄さん、最後に登場する十大弟子です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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