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302.『阿弥陀経』を読む(8)

 
20170217阿難陀 
「御文」「訓読」 離婆多・周利槃陀伽・難陀・阿難陀 (りはた しゅりはんだが なんだ あなんだ)
「訳文」 離婆多(りはた)・周利槃陀伽(しゅりはんだか)・難陀(なんだ)・阿難陀(あなんだ)

 今回も、前々回、前回に続いてお釈迦さまの説法をお聞きしたお弟子さんたちの紹介です。

 離婆多さんは、舎利弗さんの末弟と言われる方です。
 母から結婚を勧められたのですが、兄の舎利弗さんのようになりたいと出家し、苦しい修行に耐えてさとりを開かれた方と伝えられています。一人瞑想を好んだところから座禅第一と称されました。

 続いて、周利槃陀伽さんです。
 先に出家した兄が阿羅漢となり、その兄に導かれて仏弟子となられた方です。ところが兄と違って生来愚鈍だったために、お釈迦さまの教えを覚えられず大変な苦労をされたのだそうです。そこで、兄は弟を還俗させようとしたのですが、お釈迦さまは「自らの愚かさを知るものは愚かではない」と言われ一本の箒を周利槃陀伽さんに与えて「塵を払おう垢を除こう」と称えながら掃除をするように教えられました。
 周利槃陀伽さんはその教えを忠実に実行し、遂に阿羅漢のさとりを得ることができたと伝えられています。

 難陀さんは、お釈迦さまの異母弟と伝えられる方です。
 お釈迦さまは難陀さん自身の結婚式の日に出家させられました。容姿端麗な人で愛欲の心に悩まれたのですが、欲望のもととなる感覚器官を制御する第一人者、調伏諸根第一と称されるようになられたと伝えられます。

 本日の最後のお弟子さん阿難陀さんは、お釈迦さまのいとこだと言われている方です。お釈迦さまの晩年の25年間侍者として仕えられました。お釈迦さまの説法を最も多く聴聞したお弟子さん、多聞第一と称されました。
 この「仏説阿弥陀」の最初の「如是我聞」の我はこの阿難陀さんで、第一回目の経典編集の会議「第一結集」では教えをまとめる責任者だったとされています。
 また美男で優しい人だったそうで、在家信者特に女性にも人気だったとか・・

 今回も含めてお釈迦さまのお弟子さんのことを知ると、お弟子さんには様々な方々がおられたのだなあ、と改めて思います。私たちと変わらない悩みを抱えながら修行に取り組まれ、それをお釈迦さまが支え、その方にあった方法で導かれたのだということを感じることができます。
 (お弟子さんのこともつい「○○さん」と呼んでしまいたくなります)

(写真は、阿難陀さんです)

 今回のお弟子さんの中で棟方志功氏の「釈迦十大弟子」に描かれているのは阿難陀さんだけで、一人だけの図となりました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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