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286.お正信偈を読む(60):依釈段(37)/源空讃(4)


20161223法然聖人 

 親鸞聖人が源空(法然)聖人のみ教えを讃えられた「源空讃」の最後の2句になります。

[御文] 速入寂静無為楽 必以信心為能入 (そくにゅうじゃくじょうむいらく ひっちしんじんいのうにゅう)

[訓読] すみやかに寂静(じゃくじょう)無為(むい)の楽(らく)に入(い)ることは、かならず信心をもつて能入(のうにゅう)とすといへり。

[訳文] 速やかにさとりの世界に入るには、ただ本願を信じるより他はない」と述べられた。

 今回の2句は、前回の2句が「本願を疑っていつまでも迷いの世界にとどまる」所以を述べられたのに対して、「本願を信じて浄土に往生し、さとりの世界に入る」ことを示された句です。

 御文の中の「寂静」と「無為」とはともに、「涅槃」、さとりの世界をあらわします。寂静は「煩悩がなく心が静かで安らかな」こと、無為は「私たちのはからいである為を超えている」ことを表すと教えていただきました。
 「楽」の語は、法然聖人が『選択本願念仏集』に「涅槃の城(みやこ)には信をもって能入となす。」と記された城(みやこ)を指します。都を表す「洛」と同音となります。
 「能入」は、入ることができる因を表します。

 このように、法然聖人はこの2句で、信心が浄土に入る因となることをお示しになりました。

 この法然聖人の念仏の教えは、民衆の心をとらえて都に広まっていきます。
 このことを快く思っていない奈良や比叡山の在来の宗教からは、猛烈な反発をうけることになります。そのような中、1207年(承元元年)念仏停止の命が下され、4名の門弟が死罪に、法然聖人、親鸞聖人を含む7名が流罪に処せられるという法難に遭われました。
 法然聖人は土佐(実際は讃岐)に、親鸞聖人は越後に配流されました。法然聖人はその4年後に許されて京都に戻られますが、その翌年80歳でご往生されました。

 法然聖人は、配流に当たって「これは地方に念仏の教えを広める良い機会で、私がこれまで願っていたことだ」といった意味の言葉を門弟方にかけられたと伝えられています。親鸞聖人も始め配流先の越後で、その後関東の地に移られてみ教えを広められました。
 このように、流罪という大変なご苦労の中で「都の宗教」であった念仏の教えは地方に広がり、今日の盛隆の礎となりました。

(写真は法然聖人のご絵像です)

 14世紀に描かれたと伝えられる知恩院蔵のご絵像。画像はウイキペディアからお借りしています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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