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266.お正信偈を読む(53):依釈段(30)/源信讃(1)

20161014源信和尚

 「お正信偈を読む」は七高僧の第6祖、日本の源信和尚(げんしんかしょう)について学びます。

[御文] 源信広開一代教 偏帰安養勧一切 (げんしんこうかいいちだいきょう へんきあんにょうかんいっさい)

[訓読] 源信広く一代の教を開きて、ひとへに安養(あんにょう)に帰して一切を勧(すす)む。

[訳文] 源信和尚は、釈尊の説かれた教えを広く学ばれて、ひとえに浄土を願い、また世のすべての人々にもお勧めになった。

 源信和尚は、942年大和国当麻(たいま)の里(現在は奈良県葛城市)に生れられました。7歳で父と死別、父の遺言により出家することとなり比叡山(延暦寺)に登られました。
 比叡山は、伝教大師最澄が入山し学問や修行を目的とした道場を建立された地です。伝教大師は、中国で天台の教義を中心に大乗、密教、禅を学んで帰国し、た比叡山を日本の総合的な仏教研究、修行の場とされました。その後、多くの名僧がこの比叡山で学ばれました。親鸞聖人をはじめとする鎌倉時代の各宗祖方も比叡山で学ばれ、新しい日本の仏教を開かれました。

 源信和尚は師の良源僧正のもとで学問に励み、早くからその秀でた才を認められていたと伝えられています。15歳のとき、天皇の勅命を受けて行われた講義は素晴らしいもので、大いに名声を博しその褒美として布帛(織物)などを授けられました。感激した和尚はその理由を記してその布帛を故郷の母に送られました。
 それに対して母からは、「私のことを思って贈り物を送ってくれた志はかたじけないけど、私がそなたを出家させたのは、そんな名声や地位を得るためではありません。私の後世を救って欲しいと思ったからです」という言葉と次の歌が添えられて贈り物は送り返されたということです。
 「後の世を渡す橋とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき」

 和尚はこの母の言葉によって、翻然として世の栄華や名声を求めることを断たれ、仏道の修行に向かわれることとなったと伝えられています。
 和尚は比叡山の横川(よかわ)にある首楞厳院(しゅりょうごんいん)の中の恵心院(えしんいん)に隠棲されました。そのことから源信和尚を恵心僧都とお呼びすることもあります。

 今回の2句は、親鸞聖人がその源信和尚のご一生を讃えられた言葉です。
 「一代の教え」はお釈迦さまが生涯でお説きになったみ教えです。
 「安養」は「心を安らかにし、身を養う世界」を意味し、阿弥陀如来のお浄土のことと伺いました。

(写真は、寺の源信和尚のご絵像です。)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
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