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261.ご紹介します(11):「ありのままに、ひたむきに」

20160926本   20160926本2

 今日の書籍ご紹介は、「ありのままに、ひたむきに 不安な今を生きる」というご本です。

 専如新ご門主が初めて著されたご本で、9月9日に発行されたところです。
 内容は次のようになっています。

  まえがき
  第1章 一瞬一瞬を精いっぱい生きる
  第2章 困難な時代をともに生き、ともに歩む
  第3章 現代に生きる仏教の教え、親鸞聖人の教え
  対談 ぶれることなく思いを伝える(ガンバ大阪遠藤保仁氏との対談)
  対談 親と子が安心できる社会に (弁護士の大平光代氏との対談)
  あとがき
  龍谷山本願寺について

 本のタイトルになっている、「ありのままに、ひたむきに」がこの本を通じて流れている伏流のように感じながら読みました。

 「病気や死をプラスマイナスとらえるのではなく、ありのままに受け容れていく」
 私たちの力が及ばないことも含めて、思い通りに行かないことがたくさんあります。これをマイナスと受け止めるのではなく、ありのままに受け容れて、その中で、どのように生きるのかが大切だと示しておられます。
 前ご門主の書かれた「人生は価値ある一瞬」の中の「『自分探し』に惑わされない」という文章を思い出しました。前ご門主も、「今の自分は本当の自分ではない」という焦りに似た思いから出てくる「どこかにもっと素晴らしい本当の自分があるはずだ」という思い込みについて指摘されていました。
 この思い通りにならない現実の中で、それでもそのことから逃げることなく、ひたむきに努力することの大切さを言われているのだと思います。

 「死後のことをニコニコ話せる人、生に固執して死をいやだと思う人、どちらが生きることを大切にしているのだろう」
 死は私たちが逃れることができないものだということを受け容れて、だからこそ今の一瞬を力一杯に生きるという生き方の大切さを言われているのだと思います。ここでもやはり、老、病、死をマイナスととらえて目をそらすのではなく、しっかりと意識して今を生きることの大切さ、と同時にやはりその難しさ、も改めて感じます。

 「仏さまを特定の場所にあるもの、かたちあるものとしてとらえるのではなく、『はたらき』として受け止めてほしい」
 ご門徒さんに阿弥陀仏についてお話しする場合も、木像や絵像の仏さまを前にお話しすることが多く、わかりやすくということもあって、ついそこにおられる仏さまについて話をしていたのかもしれません。
 蓮如上人が「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と言われたとご門主も記されていますが、蓮如上人は南無阿弥陀仏という名号の「はたらき」のことを示されたのではないかと思い至りました。

 遠藤選手と大平弁護士との対談では、若い人や子供の育て方についての会話が印象に残りました。
 子どもたちをのびのび育てることが難しくなっている現在の状況、しかしそれが非常に大切だということ、お寺がその場になる可能性を持っていること、などが語られていました。多くの子どもたちが歓声をあげて走り回っていた、かつてのお寺の姿を思い浮かべました。

 「自然を私たちと切り離して、そこをゴミ捨て場にするのは、日本的な考え方ではない」
 オバマ大統領の広島での演説に触れて、ご門主はこのように述べておられます。演説でオバマ氏は、「自然を自らと区別して自らの意思のために変化させる能力」が人類の特徴だと言いました。ご門主は、西欧での自然と人間の関係は、互いに切り離された関係にあり、私たちが感じている自然と人間が融合している姿、自然に対して私たちが持っている畏怖の念は、西欧のとらえ方とは違っているのだと述べておられます。
 オバマ氏の演説について私たちも見てきました(オバマ大統領のスピーチ)が、自然と人間の関係についてオバマ氏が述べていることについては注視していませんでした。
 ご門主が言われるように、この観点を持つことによって原子力発電、特にその廃棄物についてどう考えるのかという重要な視点を得ることができるよう思われます。

(PHP研究所から発行されたご本です)
 伝灯奉告法要の団体参拝者へは記念品として配られる予定だということです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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