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238.山口別院の常例法座のご報告です


20160708常例法座

 山口別院では、毎月5日に常例法座がお勤めになります。今年4回目になりますが、7月5日にお参りしてきました。
 13時30分から『讃佛偈』のお勤めの後に、下松組 専明寺の藤本唯信師のご法話をご聞きしました。

 ご講師は、お釈迦さまが私たちに示された次の3つの重要なこと(生死の問題、命の平等、争いを避ける)から、「争いを避ける」ことについてお話しをいただきました。
 この「いかにして争いを避けるのか」という問題は、先日来学んできました「平和に関する論点整理」とも密接にかかわる問題であり、またオバマ大統領のスピーチのなかでも触れられていましたので、大変にタイムリーなお話しだと思いました。

 ご講師は、全ての争いの原因は「自是他非」の心にあるのだと言われます。
 自分の考えていることがいつも「是」であり正しいのだ、他人の考えは「非」であり誤っているとする私の心にその因があると、龍樹菩薩もその著『廻諍論(えじょうろん)』で述べられているとご紹介がありました。

 私たちはいつも「自分の物差しで全てのものを見ている」のだということを、ご講師ご自身の様々な実例(奥様とのユーモアあふれるやりとりなど楽しい?例もありました)を引いてお話しいただきました。

 私たちの浄土真宗は、「自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する」ことを目指しているみ教えです。他の人びとを自分と同じ大切なかけがえのない存在だとすること、「あなたの命は私の命」と受け止めること、「自他一如」の心を目指しているのですが、ご講師が仰るようにそれが難しいこともまた強く感じるところです。
 ご講師は、その「自他一如」の心を自分の力で実現できる人はそれで進めていけば良いのですが、私たちはそれができないと感じ、私たちの愚かな姿を認めざるを得ない多くの経験をしているのだとお話しいただきました。
 自分の努力で目指すことを実現することが難しい私たちですが、阿弥陀仏の光によって愚かな姿に気づかせていただいくことはできます。その気づきを大切にして、自分中心の物差しでものを見ることから少しでも自由になることを目指していくことが大切なのだと改めて感じました。

 利害関係が複雑に絡み合う現実の中でどのようにして争いを避け平和を維持していくのかということが、「平和に関する論点整理」の課題でありましたし、オバマ大統領のスピーチの中でも人間が本質的にもっているものへの言及がありました。
 大変に難しいのですが、私たちはまず私たちの「自是他非」の姿に気づくことが第一歩となるのだと実感しました。

 ちょっと本題から離れるのですが、麺類を例えに印象に残る語呂合わせのお話しをお聞きしました。
 スパゲティはゆがく前に「折った方がいい」のですが、ソーメンは「折らない方がいい」というお話で、難しいけど、おった方がいい「スパゲティお年寄り」になること、おらない方がいい「ソーメンお年寄り」にはならないように・・・というお話でした。
 これには一同お腹を抱えて笑いました。

(ご講師の藤本師です。)
 黒板に書いてある「法老記」は、専明寺さんのブログの中で藤本師が受け持たれている記事のタイトルです。将来は「芳老記」に変えられるのだそうですが、このようなユーモアあふれるご法話に一同聞き入らせていただきました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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