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236.お正信偈を読む(43):依釈段(20)/道綽讃(1)


20160701道綽禅師
 

 2か月以上間が空いてしまいましたが、「お正信偈を読む」に戻ってまいりました。今回からは親鸞聖人が道綽禅師を讃嘆された「道綽讃」です。
 今回はその最初の2句です。

[御文] 道綽決聖道難証 唯明浄土可通入 (どうしゃっけっしょうどうなんしょう ゆいみょうじょうどかつにゅう)

[訓読] 道綽(どうしゃく)、聖道(しょうどう)の証(しょう)しがたきを決(けっ)して、ただ浄土の通入(つうにゅう)すべきことを明かす。

[訳文] 道綽禅師は、聖道門の教えによってさとるのは難しく、浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを明らかにされた。

 七高僧の第四祖、道綽禅師は562年に生まれられた中国の方です。14歳で出家して『涅槃経』というお経の研究に没頭され、また戒律や禅定の実践にも励まれました。その後、石壁玄中寺に参詣された折に曇鸞大師の碑文を読んで深く感激され、浄土教に帰依されました。禅師が48歳の時と伝えられています。

 当時の中国は南北朝時代の末期に当たり、動乱の末に隋が中国を統一することになります。
 その間の戦乱や天災を経験され、また苛烈な仏教弾圧にも遭われるなど、禅師が生きられた時代はまさに激動の時代そのものでした。
 中国では、552年が末法の始まりだと考えられていました。中国では、正法500年、像法1000年とされ、時代の混乱もまさに末法の世そのものと感じられたことだと想像されます。

 禅師は、上記のように『涅槃経』を究め、戒律の実践に励まれたのですが、それらによっても自身の煩悩を脱することができないと感じておられたときに、曇鸞大師の浄土教の教えに遭われたのです。

 親鸞聖人はこの2句によって、道綽禅師が、聖道門によってさとりを得ることは難しく、唯一浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを示されたと、讃嘆されています。

 禅師が、自力の修行によりこの世でさとりを開くことを求める聖道門によってはさとりを得ることができないとされたことの背景には次のようなことがあったとされています。
 一つには、時代はお釈迦さまが亡くなられてから遠く時代を経て既に末法の世に入っていること。正法や像法の時代ならばさとりを得る可能性があるかもしれませんが、末法の世では聖道門によってさとりを得ることは不可能だとされました。
 もう一つは、聖道門の教理は奥深く私たちにはこれを理解することはとてもできないとされたことです。

 禅師は、時(末法の世)と機(私たち自身の能力)のいずれもが聖道門の自力の行によりさとりを得ることを不可能にしているとされ、私たちは、あらゆる者が念仏によって救われるという浄土門の教えによってしかさとりに入ることができないのだとされたのです。

 すでに学んできましたが、龍樹菩薩は仏教を「難行道・易行道」に分けて示され、私たちには阿弥陀仏の名号を信じて称える易行道をお勧めになられました。曇鸞大師は「自力・他力」を分けられて、浄土に往生することも迷いの世界に還って人々を救うことも阿弥陀仏の他力の働きによることを示されました。
 そして、道綽禅師は仏道を「聖道門・浄土門」に分けて、この末法の世では浄土門の教えによってのみ私たちはさとりを得ることができるとお示しいただいたことになります。

(写真は、寺の道綽禅師のご絵像です。)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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