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230.オバマ大統領のスピーチ(3)


20160610くまモン募金箱
  

 さる6月27日、広島で行われたオバマ大統領のスピーチを読んでいて感じることの第一は、氏が、人類が獲得した高度の科学技術とそれを取り扱う人類の姿について深い懸念を持っているということです。
 煩悩という言葉は使われていませんが、氏の言う「支配、征服を欲する本能」はまさに貪欲であり瞋恚です。人類はこの煩悩に取りつかれたままに、核兵器という自らを何度も破滅させることができる兵器を手にしました。そしてそれが現実の姿になったのが広島であり、長崎であるという点です。
 
 ここでも、原爆でひどいやけどを負ったわが子の背を撫でながら母親が「ごうなことよのう」とつぶやいていたという話を改めて思い返しています。
 「業なこと」恨まれるのは原爆を投下したアメリカ兵ではなく、このようの事態を招いた人間の業、煩悩なのだとその母親は私たちに語りかけています。オバマ氏のスピーチに取り上げられていた、原爆を投下したパイロットを許したとされる女性も同じことを思っていたのではないでしょうか。

 広島の平和公園にある原爆死没者慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文が刻まれています。随分昔の記憶ですが、この碑文について論争がありました。「過ちは繰返しませぬから」の主語はだれなのだ、誰が過ちを犯したのか、という点についてです。
 主語は「日本人」なのか「人類」なのか。「日本人」が主語ならば「過ちは繰り返させませぬから」とすべきではないか、「人類」ならばアメリカ人も含むのか(アメリカ人とすると原爆投下を過ちと認めるのかという別の論争にもつながっていきます)、といったことについて論争がありました。

 現在では、この碑文は「人類全体が再びこのようなことを起こさないことを誓う」ものと理解されるようになっているということです。この碑文は、私も含めた人類全体がこのような悲惨な事態を起こさないとともに決意し、そのことを誓うものです。
 
 もう一つオバマ氏のスピーチで強く印象づけられることは、氏が、核兵器は廃絶すべきだという理想を持ちながら、それとは違った現実の中で判断行動せざるを得ないことを認め、それでもなお一歩でも理想に近づくように努力しようと語っていることです。

 この理想と現実について率直に語った部分に対しては、様々な反応があるようです。
 氏のスピーチに対する多様な受け止めかた、反応については回を改めて見てみたいと思っているのですが、上記の核廃絶に関する「矛盾した」自己認識について、その矛盾ゆえにスピーチが空虚なものに感じられた、とする受け止め方も見受けられました。    
 世界最大の核保有国の大統領として絶大な権限を手にしているのだから、核廃絶をいうのであればもう少し踏み込んだ姿勢を示せるのではないか、という見方もその一つでした。

 この点は、「平和に関する論点整理」が指摘している、殺生を禁止する徹底した平和主義を掲げる仏教の念仏者が、核の傘や武力によって維持されている平和の中で生きざるを得ないという現実をどのように考えるのか、という重い課題と重なるものだと思います。

 再度、「平和に関する論点整理」の次の文章を思い起こします。
 「同じ現実を生きていても、矛盾を忘れて生きることと、矛盾を常に背負っていることを自覚し生きていることには、大きな隔たりがあります。前者は安易な現状肯定であり、後者においては末通らないと自覚しつつも、自らの在り方や社会を問い直す契機が常に生まれ続けています」
 私たちは、矛盾の中で生きるということから逃れることができない存在であることを自覚し、しかしその矛盾を安易に受け入れるのではなく、その矛盾の中身をしっかりと見据えて、一歩でも理想に近づく努力をしなければならない、と改めて思います。

(写真は、この度作った「平成28年熊本地震」義援金募金箱です)

 先の法中会のご報告にありましたように、宇部北組は各寺院で義援金を募り年末に組として別院に送付することになりましたので、その募金用の箱です。
 「くまモン」のイラストを使えるようになっていましたので、作ってみました。募金へのご協力をよろしくお願いします。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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